テレビは知らない世界を映し出してくれる「夢の箱」だった

小さい頃、私はテレビが大好きで、暇さえあればテレビを観て過ごしていた。
テレビは、私にとって夢の箱と言っても過言ではないくらい、知らない世界を映し出してくれた。そして、時間も忘れ夢中になる存在は、まさに夢のようだった。
しかし、大人になるにつれ徐々にテレビから離れていき、コロナ禍になってからはより一層観なくなった。辛く悲しいニュースが多く、心が暗く沈んでしまうからだ。

世界的に猛威を振るう新型コロナウイルスは、私たちの生活を大きく変え、仕事をなくし生きる希望を失う人も出てくるほどだった。疲弊した世の中に明るいニュースが出ることは減っていき、自ずと私も観ることをやめたのだ。

そんな生活は何年も続いていたのだが、ある日仕事をしていると、職場の人が暗い顔をして出勤してきた。私は、その様子に異変を感じ、理由を聞くことにした。
「どうしたんですか?元気ないですね」
「いやぁ、もうびっくりだよ……上島竜兵さんが亡くなったんだって。それも自死だったらしいよ」
私は、驚きのあまり、仕事中だということも忘れて大声を出してしまった。テレビが大好きだった時代によく観ていた芸人さんだったからだ。昔から当たり前のように観ていた人だけに、勝手に親近感を抱いていたのだろう。

そんな人の訃報。私は家に帰り、久しぶりにテレビをつけることにした。
そこには、笑顔で芸を披露する姿が永遠と流れていた。私はなんとも言えない感情のまま、ただ茫然と観ることしかできなかった。
アナウンサーの涙声さえ雑音に感じるほど、衝撃は大きかった。
すると、母から着信が鳴り、「ニュース見た?お母さんもびっくりしたよ……。なんで亡くなっちゃったんだろう。ほんとに、コロナになってからおかしくなっちゃったのかな」と、受話器越しの声は少し震えていた。

後日実家に帰り、上島竜兵さんのニュースを観た。
母と2人でテレビを真剣に観たのはいつぶりだろうか。ニュースを観ながら、母は目に涙を浮かべ、泣いていた。
どんな気持ちで、このニュースを観ていたのだろうか。私は、その泣き顔を見て、気づけば同じように涙を流していたが、母にバレないように静かに堪えていた。

最高にかっこいい、繊細な彼に追悼の思いを込めた涙を流した

そんな私も、過去に命の選択を迫られたことがあった。
幼稚園で働いていた頃、毎日のパワハラに耐えながら働くことに、少しずつ心は壊れ、生きている意味も自分の存在価値さえも分からなくなってしまう経験をした。
どん底にいた頃と妙に重なる部分があったから、他人事ではないような、どうしようもない気持ちが溢れてきたのだろう。
もしも、あの時、孤独の殻に閉じ込められたまま出てこれなくなってしまったら、私はきっとここには居ない。様々な偶然と奇跡が重なり、今を生きることができているのだと思う。

彼は孤独の中で苦しみながらも、本当の姿を心の奥底に隠し、明るく振る舞っていたのかもしれない。テレビの中で読まれたコメントのほとんどが「心優しく、誰よりも繊細だった」というものだった。表の顔で日本中を笑わせてきた背景には、悲しく辛い出来事や感情が多過ぎたのだろう。

私は、少しだけ自分と重なる彼を見つめながら、なんとも言えない感情になっていた。そして、母も同じように大切な誰かと重ねながら涙を流していたのではないか。
テレビを観ている間、私たちは一言も話すことはなかった。
ただじっと画面を見つめることだけしかできなかった。

コロナ禍になり、少しずつ人の心が疲れてきたのだろう。
明るい未来に期待を膨らませ、当たり前のように存在した生活は、我慢ばかりの日々に変わった。
自由に誰かと会い、大声で笑ったり好き勝手に話すことも出来なくなってしまった。いつしか、毎日会っている人でさえ本来の顔を忘れてしまうほど、マスクの生活も当たり前になってしまった。そうやって、積もり積もった我慢が、1人の才能溢れるコメディアンを一足先に自由の国に連れていってしまったのかもしれない。
そして、私たち親子ができる唯一のことは、最高にかっこいい繊細な彼に追悼の意味を込めた涙を流すことだけだった。