私の祖母は、私が中学生の時に亡くなった。
車の運転が大好きだった祖母は、空色の愛車に乗って出かけることが大好きで、私も色々なところに連れて行ってもらった。そして必ず祖母は車のドアガラスを開けて、片手で運転しながら歌を歌っていた。
まるで、ステージで歌う歌手のように、歌声は車内に響いていた。

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幼い頃は、祖母の歌が大好きで、よく昔の歌を教えてもらっては、一緒に歌っていたものだ。私も同じようにドアガラスを開け、祖母の真似をしながら歌っていた。
二人しかいないコンサートは、毎回大盛り上がりの中、目的地へと向かう。そして歌い終わった後、必ず祖母は「世界一大好きだよ」というので、私は「宇宙一大好きだよ」と返事をしていた。

しかし、私が小学校四年生あたりから、祖母とのドライブはあまり好きではなくなってしまった。大きな歌声は雑音に変わり、ドアガラスを開けることもしなくなった。その代わりに祖母に「恥ずかしいから閉めて歌って」というようになった。
祖母は、とても悲しそうに「ごめんね」と言い、徐々に歌うことをやめてしまった。当時の私は、雑音を聞かなくなったことで嬉しく思っていた。
以前は、歌と共に見える綺麗な景色を眺めては、車内に入り込む風や木々の香り、果てしなく広がる田んぼを見るのが好きだった。しかし、今となっては雑音と共にただ茫然と外を見るだけの時間に、心のときめきを失っていた。

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月日は流れ、祖母が癌になり余命宣告をされた日から、見るからに痩せていく姿に、かつての面影はなくなっていた。最後の時には会話もろくにできなくなってしまった。
スターのように歌う姿は、もうそこにはなかったのだ。その数ヶ月後、祖母はこの世を去った。

祖母が亡くなってからどのくらいが経っただろうか、私はふと、母の車の中で祖母と歌った思い出の歌を口ずさんでいた。母は、「おばあちゃんが好きだった歌だね」と嬉しそうに、微かに涙声で言っていた。
今まで、思い出の歌を口ずさむことも極力避けていたはずなのに、なぜか自然と歌っていた自分に驚いた。そして、かつて一緒に歌ったようにドアガラスをあけ、片手を外に出し祖母の真似をしていた。

昔の記憶が思い出されながら、涙は風に流されていく。あれから、十年以上月日は経ち、昔の景色は随分と変わってしまった。祖母と見ていたあの時の景色は、もう見ることはできなくなってしまった。
ただ、私も車に乗るようになり、かつての祖母のようにドアガラスを開けて、二人の思い出の曲をたまに口ずさむことがある。歌と共に思い出される、あの日の景色や感情は、私の心の中に生き続けていた。

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きっと、生きていたら私の運転する車に乗せて一緒に歌い、大好きな二人だけの時間を楽しんでいただろう。そして、「世界一、宇宙一大好きだよ」と言っていただろう。
今でも私は、空色の車を見ると「ばーちゃんの色だ」と嬉しく思う。テレビでかつて歌った歌が流れると、「ばーちゃんの大好きだった歌だ」と思い出すことが増えた。昔よりも、大人になった今の方が思い出す機会は増えたような気がする。
あの日の景色は私たちにとって、かけがえのない思い出の景色として今も生き続けているのだ。そして、これからも祖母のことを思い出しながら私はドアガラスを開け、歌を歌うだろう。

その時だけは、祖母に会えるような気がする。空の上まで私の声が聞こえるように、そして、あの時と同じ景色をこれからも心の中で一緒に見ていけるように。
今日もほんの少しだけ車のドアガラスを開けながら。