私は今年の4月から、晴れて新入社員として働き始めた。
新しい職場、慣れない土地、初めましての人間関係。どれもワクワクするけどストレスにもなる。早3ヶ月が経ち、職場の関係にも慣れてきたところで、少しもやもやする部分がある。

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それは朝礼での社長クラスの方々の発信内容だ。
毎週発信される内容は、精神的に仕事に取り組む上でとっても大切なことが多く、ほとんどのことは「自分はまだまだだ」と受け止めて成長していく糧にしようと思う。
しかし、営業に関わる内容だと、私は正直素直に受け入れることができないことがある。それは「男女」という言葉が使われたときだ。

「女の方が下手に出て話をつけるのが上手い」
「男は見栄を張りたがるから、もっと謙虚でいろ」
「女は声が小さい」
「男はマメじゃない」
などなど。一部男女の生物的なもので得意不得意が出てきてしまうのも事実だと思うが、やはり現代人の私は男女で分けるような言葉に引っかかってしまう。

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別にその発信者は、差別をしたり男女に有意差をつけようなんて気は毛頭無く、単に表現の一部として使用しているだけなのだ。
言いたいこともわかるし、頷ける内容であることも多い。実際におしゃべり好きな女性も多く、その分コミュニケーションを取るのが上手い女性が多いのかもしれない。物言いがはっきりした男性が多く、きびきびと動くことで仕事ができる男性が多いのかもしれない。

でも、そもそも男女だからって分ける必要はなくない?履歴書に男女を記載する日本の風習もよくわからない。
私自身は体も心も性は一致しているが、悩んでいる人がいるのも事実。
実際に友達で悩んでいると打ち明けられたとき、私は気にしないが生きづらい世の中なんだという話は聞いた。実際そうだと思うし、悩む人が絶えないのは嫌だ。

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多分その子の話を聞いてから、虹色のマークのトイレや男女の表現に敏感になった。虹色マークはLGBTを受け入れる象徴色で、「男子は青、女子は赤」という概念がない。
また、トイレの入口一つをとっても、どちらに入るか直前までわからない構造になっているトイレはジェンダーフリーなのだという。空港や大きなホテルなど、男女のトイレの入口が同じだと直前までどちらにいくかわからないので、入りやすいみたいだ。そんな風にさりげない気遣いのされている施設や表現をみると、すごく好印象だと思う。

私のよく見る性の教育チャンネルは、「女の子の体をもっている人」「男の子の体を持っている人」という表現をしていて好き。ものすごく考え抜かれた表現なんだと思う。
どんな人でも苦なく受け入れられるものが広まって欲しい。ある程度の男女で分ける部分はしょうがないと思うが、過敏すぎる表現はやめてほしい。

男だからとか女だからって消えない表現なのかなぁ。最近はかなり敏感になってる風潮があるよね。これを気にしている時点で、私も心の奥底でどこか差別化してしまっているのではないかと思うこともあるが、ふとした瞬間に性の不一致を気にしてしまう人の気持ちを考えるのも大切だと思う。
言っていいこととか内容とか考えるのはすごく難しいし、いちいち気を使うのは面倒。
でも、それを気にする風潮が1番面倒くさい。