2022年7月、私の機嫌はすこぶる良い。なぜだろうと不思議に思う自分もいるが、1つだけ心当たりがある。
それは、5月と6月にあった、私が宇宙で最も愛する人の日本ドームツアーに行き、たった5回ではあるがツアー全てに参加し、私の最愛の人に会ってきたからではないかと考えている。

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私にとっての最愛が最愛になる、ずっと前。小さい頃から私の中心にアイドルは存在しており、いつしかアイドルは私の“酸素”となっていった。
ハロプロから始まり、ジャニーズ、KPOPアイドル、オーディション番組出身アイドル……様々なアイドルを最愛としてきた。
だが、二十歳を過ぎた頃、仕事や自分の夢で忙しくなり、アイドルを追うという習慣が自然と少なくなってしまった。
今考えると、この時期は公私ともに大変な時期で、心が疲弊していたように感じる。“酸素欠乏症”の時期だった。
しかし、2020年コロナ禍、YouTubeを見る時間が増え、YouTubeからの提案でNizi Projectをおすすめされ、それをタップしてしまったが最後。その日から、提案全てに対して前向きな返答を血眼でしていった。
こうして、私の“酸素欠乏症”が回復していった。

その中に、今の私の最愛がいた。「あの時、応援していたアイドルと同じ事務所の後輩たちかぁ。大人になったなぁ」くらいに思い、程よく楽しんでいた。正直、いつ私の最愛になったのかもよくわからない。
ただ、2021年2月に発売したCDは数枚しか買っていないのに、同年9月、10月、12月に発売したCDの購入枚数は桁が変わった。しかも、数字は右肩上がり。
何があったのか、自分でもわからない。これは意地なのではないか?見えない何かとの戦いなのではないか?と思ったりもする。
そうなのかもしれないが、確実なことは「人生で今が1番楽しい」ということに気づいてしまったのだ。

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そんな最愛との初対面が5月にあった。
最愛は本当に存在していた、という“IQ3”の感想しか思い浮かばないくらい幸せだった。
6月にあったオーラス公演では、肉眼で最愛たちの表情が見える席だった。
私は1人でライブに行っても大興奮して叫んでしまうタイプなのだが、新型コロナウイルスの影響で歓声が禁止されているからではなく、最愛が近くに来た時、逆に声が出なくなってしまった。
吸い込まれるかと思った。でも目を逸らしてはダメだと集中し、まさに『冷静と情熱のあいだ』だった。あんなに集中した瞬間が私の人生で1度でもあっただろうかというくらいに、私の全身に巡っている神経を全て視神経に集中させた。

私の最愛は、そのグループに途中加入したメンバーだ。コメントを求められた時、「途中から加入した」という言葉を自ら口にすることも少なくない。
オーラス公演の時にあった、メンバーに対してのサプライズ演出で流れた映像には、私の最愛がグループに加入する前のものもあった。
その時に何を感じていたのか私にはわからないけれど、ただ一つ伝えたいことは「あなたがアイドルを目指してくれたから、あなたがこのグループに加入してくれたから、私はこのグループを、そしてあなたを好きになり、こんなにも幸せな人生を送っている」ということだ。
あなたがアイドルである限り私は応援し続けたいし、もし、人前に出る職業を卒業したら、私はその人生を追う権利がないけれど、「楽しい人生を送っているといいな」と、せめて願わせてほしい。

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ここにきて、こんなにも大切にしたいと思えるものに出会えると思わなかった。
そんな、幸せそう、そして自由に生きていそうな私を見て、一部の人は「独身だから」「子供がいないから」「恋人がいないから」もしくは「だから恋人がいない」と言う人もいるだろう。
正直言って、幸せすぎて何を言われてもその部分に関しては不感症だが、結婚しようとも、家族が増えようとも、恋人ができようとも、私は自分の幸せのために大切なものを大切にしていくだろう。
そんなことを思わせてくれる最愛、そして最愛の仲間たちには心の底から「ありがとう」と伝えたい。