「ありがとう」と素直に伝えられなくなったのはいつからだろう。

子どもの頃は、何かあれば「ありがとう」と自然に伝えることができていました。純粋に、感謝を伝えることが当たり前だと思っていました。しかし、年齢を重ねていくうちに、「ありがとう」と伝える機会は減っていき、人間関係を円滑に進めるためだけの言葉に成り下がっていきました。

そして、「ありがとう」という言葉ではなく、「ごめんなさい」の方が大半を占めていくようにもなりました。社会人になってからは、より一層「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」など、謝る言葉が増えていきました。悪いことをしていなくても、謝ることが口癖になることに疑問を感じなくなっていたのです。

そして、たまに「ありがとう」と伝えても、相手は私の心の中にある黒い部分を探そうとし、素直に受け止めることをしませんでした。多くの人たちが、裏側の気持ちだけを汲み取り、悪い方向に捉えようとしていたのです。

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私の仕事は保育士なので、大半の時間を子どもたちと過ごし、話し相手もクラスの子どもたちでした。ある日、いつものように戸外遊びをしていました。両方の手には、子どもたちが手を繋ぎながら「次はどこに行って遊ぶ?」「先生は、何がしたい?」と、話しかけながら遊びを探していました。

すると、私の方へ先輩が近寄ってきました。朝から機嫌が悪かったせいか、いつもより強い口調で怒りをぶつけてきました。正直、理不尽な内容に私は納得できませんでした。しかし、子どもたちの手前もあり、「すみませんでした」と謝ることしかできませんでした。

言ったことに満足した先輩は、その場を離れていきました。子どもたちには「ごめんね。さあ、何して遊ぼうか」と何事もなかったように会話を続けようとすると、一人の子が私に向かって「先生は、何か悪いことをしたの?どうして謝ったの?先生は、悪いことしてないのに……」と理由がわからなくても必死に庇ってくれようとしました。

「先生にも、いけないところがあったんだよ。ごめんね。心配かけたかな?もう大丈夫だよ。ありがとう」と言うと、今度は、別の子が「先生は、いつも私たちに言ってるじゃん。『ごめんね』よりも『ありがとう』を沢山言えるといいねって。さっきの先生も怒らないで優しく言ってくれたら『ありがとう』になるのに」。

私は、普段から子どもたちに言っていました。「毎日をありがとうで始まってありがとうで終わろうね」と。その言葉を子どもたちなりに大切に思い続けてくれていたことに初めて気付かされたのです。

考えてみれば「ありがとう」の言葉で溢れているクラスでした。本当に些細なことでも「いつもありがとう」と言葉で伝えてくれていました。しかし、私は、感謝の言葉ではなく謝ることが当たり前となっていたのです。子どもたちの純粋で真っ直ぐな心と、私を見つめる姿に「教えてくれてありがとう。そうだよね。もっとお話をしてありがとうって言えたら素敵だったよね。みんなに教えてもらえて嬉しかったな。先生も今度は、ありがとうの言葉が言えるようにしていくね」と伝えました。

すると、子どもたちは「先生なら大丈夫だよ。だっていつも私たちにしてくれてるもん」と言って私の手を握り、遊びに誘ってくれました。
理不尽に言われた言葉よりも、子どもたちの温かく優しい思いに救われた瞬間でした。この時、心から保育士をしていてよかったと思ったのです。

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それから半年が経ち、子どもたちは卒園していきました。卒園式当日、私は子どもたちとの思い出を振り返りながら名前を呼び、泣かないようにと前だけを見つめていました。
いよいよ退場となり、担任から子どもたちへ一輪の花を渡していく場面で、私は子どもたちに泣かないように「ありがとう」と伝えようと思っていました。すると、子どもたちは私が言う前に「ありがとう!」「先生大好きだよ」とそれぞれの言葉で感謝を伝えてくれました。

私はというと、涙で言葉は一切出てきませんでした。彼らの一回り大きくなった背中を見送りながら心の中で「先生にしてくれてありがとう」と呟くことが精一杯でした。
彼らと出会い、多くのことを学びました。そして、純粋で真っ直ぐな姿は今でも心の中に大切に残っています。そして、これからの人生も“ありがとうで始まり、ありがとうで終わる”そんな生き方をしていきたいと思います。