夢を追う彼とは別れるしかなかった。結婚を控えた今ならわかる

「泣いてたまるか……。絶対に、絶対に……」
そう言い聞かせていた私の心と反対に彼は、受話器越しで泣いていた。
今、二人の男女が別れ話をしている。この光景はきっと、探せば見ることがあるだろう。しかし私たちは、直接ではなく携帯のスピーカー越しに別れの話をしていた。
かつて、結婚の未来を夢見て語り合った相手に。
そしてこの先、二度と会うことは無いかもしれないことを理解した上で……。
彼は、旅人だ。
自由気ままに世界中を旅していた。そんな姿に惚れたのが私だった。
狭い世界を見ている私と、広い大地を渡り歩いた彼とでは、見ているものが全て違っていた。
彼の旅の話を聞いては、自分も行った気持ちになり、多才な姿に改めて惚れ直していたのだ。
いつしか、彼と世界中を渡り歩くことが私の夢にまでなっていたほどに。
しかし、多趣味で多才な彼だけに、最後は「やっぱり結婚という未来を想像することができなかった」と言われてしまった。
二人の将来について話したことも、旅行に行く計画を立てたことも過去の話なのだ。
何度も話し合いを重ね、喧嘩をしながらも大切に思い合ってきたはずだった。
しかし、彼の頭の中には、ずっと消えることのない、新たな夢への挑戦があったのだろう。
元々自由を愛していた人だ。考えれば分かるはずだった。
ただ、幸せな時間が長すぎた。
そんなことも忘れてしまうほど、二人の未来が、すぐそこまで来ているように感じていた。
だから、何度も「夢を叶えたい。だから、別れてほしい」と言われても私は、「一緒に叶えたい」と諦めることをしなかった。その結果、別れるのが先延ばしになるという最悪の結末を迎えてしまう。
しかし、この話は大好きだった彼氏と別れて泣かなかった話ではないのだ。それは、私たちが別れて二年以上が経とうとしていた時からはじまる。
彼と別れてから、随分と色々あったせいか、あの時の記憶は頭の片隅にひっそりと残っている程度でしかなかった。
かつて、結婚を夢見ていた相手とまるで違う人が隣にいた。そして、新たな彼と遂に生涯を共にすることを決め、新たなスタートを切ろうとしていた。そんな時に、久しぶりに自由を愛する旅人から連絡が来たのだ。
私は、思わず彼に過去の話をした。すると、「連絡してみたら?今のことを伝えたら前を向けるかもしれないね」と言ったのだ。私は、久しぶりに彼と連絡をとった。
たわいもない会話を続けるうちに、懐かしさが込み上げてくる。そして、あることを思い出したのだ。それは、別れる最後に彼に言われた言葉だった。
「本当に好きになったのは、お前が初めてだった。でも、どうしても夢を叶えたいんだ。だから、俺には無理だけど、この先ずっと、お前の幸せを願っている。本当に自分勝手でごめん。そして、俺の分まで幸せになってほしい」と。
その言葉を思い出した私は、久しぶりに電話をした。
「私、今年結婚することになったよ。きっと幸せになるから」と言うと、「そっか、おめでとう。本当におめでとう。幸せになってね」と微かに震えた声でそう答えた。私は一言、「ありがとう、夢に向かって頑張ってね」と伝え、電話を切ったのだ。
「泣かない……。絶対に泣かない」
そう心の中で呟きながら、新たな一歩を踏み出すために私は、この電話を最後に彼の連絡先を消去した。
隣には、自由を愛した男ではなく、私という人間を愛してくれる男がいた。そして、私自身夢を持ち始めたことで、自由を追い求め、夢のために人生を賭けようとする気持ちが少しだけ分かるような気がした。
夢の形は違うけれど、それぞれの野望を叶えられる日が来ることを、願いながら。
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