煌びやかな伝統衣装をまとい、舞台中央でアイヌ舞踊を演じるショートヘアの女性。舞台背景に映し出された、デジタルアートのエゾオオカミと交差する神秘的な姿は、ただ美しかった。
わずか30分の演劇を観て、私は胸がいっぱいになった。観劇後に思わず舞台の方に駆け寄り、「感動しました……!」と伝えてしまうほどに。
その時、泣きそうになった私はぐっと涙をこらえ、劇場を後にした。

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舞台を見たのは、今から数年前。
北海道のとある街に、私は仕事で一人暮らしをしていた。
東京出身の私は、これまでアイヌ文化に接する機会がなかった。初めて北海道に降り立った時、札幌駅に民族工芸が飾られているのを目にして、「すごく綺麗……!」と感想を持った。
道内で暮らしを始めること数ヶ⽉、「アイヌ民族の復興」というワードを耳にする機会が増えた。しかし、その実情を深く理解していなかった。
そしてアイヌに深く関わりのある(アイヌの⾎筋を引く)⽅に何⼈か出会ったのだが、詳しい 歴史などを直接尋ねることはなかった。できなかった。
本やネットで調べたときに、現代社会と複雑に絡み合う糸があることを知ったからだった。

例えば、東京都のウェブサイトでは、「北海道を中⼼とした地域に古くから住んでいるアイヌの⼈々は、⾃然の豊かな恵みを受けて独⾃の⽣活と⽂化を築き上げてきました。しかし、次第に独⾃の⽣活様式や⽂化は侵害されるようになり、特に明治以降は、狩猟を禁⽌され、⼟地を奪われ、教育の場などでアイヌ語の使⽤が禁じられ、(中略)⽣活の基盤や独⾃の⽂化を失い、いわれのない差別の中で貧困にあえいできました」(東京都総務局人権部「アイヌの⼈々の⼈権問題」より引用)とある。
深く知らない人間が、簡単に話題に上げて聞いていいものかと迷っていた。

私は会社が休みのある日、アイヌの方々が暮らす釧路市阿寒町にひとり訪れることを決めた。

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私は旅⾏が好きで、「コロンとしたマリモ、どんな姿なんだろう。⾒てみたい!」と、阿寒湖に⾏きたい想いが胸にあった。今回、ついにその願いが叶ってうれしい。⾏きたいお店や施設を調べ、お⽬当ての場所をいくつか⾒つけた。
バスに揺られ、辿り着いたのは太陽が昇ったばかりの明け⽅だった。湖のほとりをぐるりと散策し、どこまでも続く湖が美しかった。
「マリモ展⽰観察センター」の受付で、ひとり観光に来たとスタッフさんにお話しした際、「マリモを⾒に来てくださったんですね、うれしい!」と声をいただき、来て良かったなあと温かい気持ちになった。

そして、お昼前にたどり着いたのが「アイヌコタン」。今もアイヌの人々が生活する集落で、観光客を多く受け入れる場所。メインストリートには大きく「アイヌコタン」と記された看板がのぼり、工芸品の並ぶ土産屋や郷土料理が味わえる食事店があった。

どの店にも飾られていたのは、木彫りのクマ。大胆に彫られているのに朗らかな表情が見えた。ランチで食べた鹿肉のスープはさっぱりとした味わいで、完全にひとりの観光客として街歩きを楽しんでいた。
そして一番の目当てが劇場「イコロ」。デジタルアートを取り入れた舞踊が観劇できると耳にし、どんな作品なのだろうと胸を弾ませていた。

平日とあって人は多くなかった。照明が落ち、舞台が始まる。アイヌの方々が大自然の中で、神として信仰したエゾオオカミらと暮らす様子を、舞踊とデジタルを組み合わせ壮大に表現していた。耳慣れない音楽と見たことのない踊り……まるでその時代にタイムトリップしたような、引き込まれる30分間だった。
終演後には舞台前で舞踊体験が開かれ、演者と観客がひとつの小さな輪を作り、音楽に合わせ簡単な舞を体験した。私は自分がアイヌの方々と暮らしているような、そんな錯覚に陥っていた。

こんなに素晴らしい文化が途絶えていってしまうことが歯痒かった。ひと言では表せない感情でいっぱいだった。
あまりにも複雑な感情が⽣まれ、その場では泣きたい気持ちをこらえた。もっと知識を深めよう、そう⼼に決めた。

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私が阿寒町を訪れた後。2020年、北海道・白老町に、アイヌに関する博物館や共生公園などで構成される「ウポポイ」がオープンした。
開設に合わせ、札幌市内の公共機関ではアイヌ語の車内放送がスタート。全国的にアイヌへの関心が高まり、さまざまなところで民族に関するモノ・コトを目にするようになった。

2022年の今、私は東京で暮らしている。
先日、札幌を訪れる機会があり、電車内でアイヌ語のアナウンスを耳にした。「こんにちは」を意味する「イランカラプテ」の挨拶を聞き、母国語ではないのに、昔から知っているような懐かしさに包まれた。
真っ先に浮かんだのは、アイヌコタンで観た神秘的な景色、そして、北海道で知り合った、アイヌに縁ある⽅々……。

今なお、いろいろな意⾒があるアイヌのこと。私もまだ知らないことがたくさんあって、けれど復興に携わる⼈々に出会い、その取り組みを間近に⾒たことで、歴史や⽂化が現代と調和したら素敵だと思った。

少しだけアイヌが身近になった私。人々に寄り添い、美しさを伝えることで伝統を昇華していきたいと心に誓っている。