私は基本的に泣き虫だ。
感情のブレに弱い。
そういう女の子は多分たくさんいるけど、私ほど正の感情でも負の感情でも泣く人はあまりいない気がする。困ったものだ。

だって友達からサプライズされたら嬉しくて泣くし、彼氏から好きって言われたら愛が溢れて泣くし、快感を感じた時に気持ち良すぎても泣く。
もちろん試合で負けたら悔しくて泣くし、フラれたら悲しくて泣くし、大好きなペットが死んじゃったときは崩れるほど泣いた。

こんな泣き虫な私が泣けなかったときなんてあんまり記憶にないけど、唯一覚えていることがある。
それはお母さんの親友が若くして癌で亡くなったときだ。

◎          ◎

お母さんの親友は香川に住んでいて、関東に住んでいた私達はなかなか行く機会もなかった。それでもある時、旅行でお邪魔させてもらったことはあった。その時多分私は幼稚園児であまり覚えていないけど、樽に入った大きなうどんを食べたことはうっすら覚えている。
もちろんお母さんの親友のことなんて覚えてないし、お母さんも頻繁に私に話すわけでもないから名前くらいしか知らなかった。
私にとっては正直どこの誰かもわからない人だったけど、大好きなお母さんが仲良い人なんだから絶対優しくて素敵な人だったんだと思う。

そんなお母さんの親友は、私が小学生の時に死んだ。40歳にギリギリ届かなかったくらいでいなくなってしまった。原因は癌で仕方がないとはいえ、若すぎるとは小学生の私でも思った。
その時初めてお母さんが泣いているのを見た。強くて優しくて素敵なお母さんの泣き顔を見たのは、その時が最初で最後かもしれない。

お母さんの親友が死んじゃった。私のお友達が死んじゃったら多分私も大泣きしちゃうな、という気持ちはあったけど、私にとっては一度だけ会った知らない人。悲しくはなかった。

◎          ◎

その時の私の心の中は変な感覚だった。
お母さんが泣きすぎて、逆に私もおかしくなったのかすごく笑おうとした。たくさん笑った。1人で爆笑してた。
だけどお母さんは私を横目に泣いていた。初めて冷たい目を向けられた気がした。

まだ小さかった私は少し寂しかったのかもしれない。私も泣いたらお母さんに少しは共感できるかも。
でも無理だった。泣けなかった。
なんで泣けなかったのかはわからない。けどあの時の私はお母さんに酷いことをしたと思う。

親友が亡くなって、悲しくて大号泣している横で、1人で笑っている私。しかも慰めたり落ち着かせたりするのではなく、ただどうでもいいことを話しかけては大爆笑していた。今思えば最低だ。
ただ何も飲み込めなかった私は、むしろムキになって泣いたら負けなんて思っていた。なんで私は悲しくもないのに、知らない人のためにわざわざ泣かなきゃいけないんだ?そんな冷淡なことも考えていた。

◎          ◎

今ではもう忘れてしまったから、泣けなかったのか泣かなかったのかはわからない。
だけど人の痛みに敏感になって泣くことはどんなに大切かを痛感した1日だった。自分の事じゃなかったとしても、人との絆って痛みに共感した時に強くなる気がする。

方法や声のかけ方は適切ではなかったのかもしれない。一緒に泣いてほしいって思われていたかもしれない。

でも。
あのね、お母さん。
私は私なりにお母さんを励ましたかっただけなんだよ?