「それはあなたが好きな色なだけ。周りの人は好きではないんじゃないの」
小学生のとき、男性教師に諭されたひと言だった。
「福祉施設に手書きのメッセージを送ろう」
そんなテーマが掲げられた、道徳の授業だったと記憶している。

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教壇に用意されていたのは、色とりどりの無地の用紙。好きな色を選び、書いていいという内容だった。
白や黄、水色など、人気の色からどんどん減っていく。ピンクが好きだった私は、余った用紙に埋もれるピンク色を見失うことなく、するり手に取り席に着いた。「何を描こうかな」と、ワクワクとした心持ちでペンを持った。

図工の授業が一番好きだった。社会科のノートには自作のキャラクターを描き、まとめることもあった。そんな調子で、おそらくこの道徳の授業でも何かしらの絵を描き始めていたのだろう。
教室を見回る教師が私のそばを訪れ、用紙をのぞき込みながら怪訝そうな顔をした。
「今回は手紙でお願いしたくて……。そもそも受け取る人が男性かもしれないのに、ピンクを選ぶのはどうかなあ」
私はどうすればいいのかわからず、ただ下を向いた。

推測すると、「手書き=言葉で書いてほしい」という意味で(書く=描くも含まれると私の頭が変換していた)、想定外のことをする生徒がいたため、紡がれた言葉の数々だったのだろう。
しかし、当時の私は教師が放った言葉の意図を汲みとれず、「好きな色を否定された」と受け止め、ショックを受けていた。

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小さいころからキャラクターブランド「サンリオ」や「サンエックス」などかわいいものに惹かれ、ときめくのは特にピンク色に身を包むキャラクターたちだった。
小学校高学年に上がり、思春期に差し掛かる頃。「ピンクはあざとい」という暗黙の「空気」が周囲に広がり、好きだと言えなくなった。本音を心のポケットにしまい、私は財布を水色に変えた。
しかし、潜在的にピンクを好む私。中学に入るとすぐにピンク色のものに戻した。気づけば紺色のバッグの中にある財布やキーケース、ポーチなどあらゆるものがピンク色に染まっていた。
自分が好きなコトを貫きたい意識と、好きなモノを否定されたくないという恐れ。自己防衛として、ベールの中に大切なものを隠し持つようになった。それは目に見えるアイテムだけでなく、気持ちも同じだった。

高校、大学へと進学し、時は進む。校則や制服がなくなっていき、カラフルなアイテムを身につける人が増えてきた頃だった。同時に思ったことを誰もが伝えやすくなってきていた。
大学の場は自由だった。
ロングスカートを着たファッショナブルな男性、青く染めた髪をポニーテールに結い颯爽と教室に向かう女性……。
好きなもので装飾し、堂々と芝の青いキャンパスを歩く人たちがカッコよかった。
少女漫画の主人公が好きな人と目があったとき、その背景に散りばめられる無数の星のように。キャンパスにいた彼らの周りにも、キラキラと光る星が浮かんでいるように映った。
私は名前を知らない同キャンパスの彼らに勇気をもらい、初めて髪の毛をピンクに染めた。「すごく似合うよ」とクラスメイトや友人に褒められた瞬間はとても嬉しく、素直に笑みが溢れた。

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年を重ね20代半ばに入ったころ、異なる系統も好むようになり、紺や白も多く身に付けるようになった。けれどパソコンやスマホなどはピンク色。特に仕事で使うそれらのアイテムは長く目に入るため、無意識に「癒し」として選んでいたと思う。

先日、「サンリオピューロランド」がある東京・多摩センター駅を訪れた際に、衝撃が走った。
小さな子供から大人まで、ピンク色のフリル付きファッションを身につけ、街を練り歩いていた。街全体が遊園地のようで、温かな眼差しを向け合う空間。穏やかな空気を感じた。
「周りを気にせずに好きなファッションを身につけ、堂々と表現できることはなんて素敵なのだろう」
小さい頃好きだったキャラクターの世界にいつぶりかに触れ、「一度はプリンセスの服装をしてテーマパークに向かいたい」と、叶わなかったけれどやってみたいと思っていた、あのワクワクした気持ちが蘇った。
好きなものを否定されても、それはいっときのこと。
もし否定されるのが怖ければ、別の居場所を見つけ、共有し合える仲間と楽しむ方法もあるのではないだろうか。視界が開けた瞬間だった。

私は早速、「いつかフリルも着てみたいな」とファッションサイトをクリックする。今一番着たいときめく服を探し、どこにお出かけしようかなと夢を膨らませてみるのだった。