私には、大きな夢があります。それは、叶うかどうかも分からない、行く末もとても不透明で無謀な挑戦でもあります。

少し前までは、保育士としてやりがいや、充実感を感じていました。子どもたちの笑顔の前では、いくら賃金が安くても、どれだけ大変な仕事でも誇りを持っていました。一生この仕事と共に生きていく、そんな風に思っていました。だから、この仕事を天職だと自分自身でも思っていたくらいです。
しかし、年齢を重ねるにつれて、仕事の環境に疑問を持ち、子どもたちの笑顔を直視できなくなっていました。私は、なんのために働いているのだろう、子どもたちのため?自分のため?それとも他にやれることがないからという、諦めから来ているのか……。
その答えが見えなくなってしまいました。だからと言って、保育士から離れる勇気も、新しい職場に飛び込む力もありませんでした。

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そんな時に出会ったのが、文章を書くことでした。
今まで言えなかった思いを、言葉で伝えることの楽しさを知り、読んでもらえることに喜びを感じるようになったのです。
付き合っている彼にも、私が始めた新たな挑戦を、一番近くで応援してもらっていました。上手くいかない時には、励ましてもらいながら、時には感想をくれたり、彼なりの言葉で応援をしてくれていました。
その姿に心から支えられ、彼との未来を考えていくうちに、私たちは、夫婦になることを選びました。そこで、私は一つの悩みを抱えることとなったのです。

その頃、保育士の仕事が上手くいかずに、心が疲れてしまいました。何に対してもやる気が出ずに、とうとう仕事にいくことができなくなってしまいました。仕事に行けなくなった不安とやり場のない怒りを彼にぶつけて、時には喧嘩をしながらも支えてくれていました。
私自身もどんな状況でも、文章を書くことだけは、続けていました。結婚をしたら普通に仕事をして、そのうち、子どもを授かることができたら、我が子のために仕事をするのが、当たり前だと思っていました。友人たちも一足先に、結婚と子育てをしている姿を見て、自然とそうなっていくのかと漠然と思い描いていたのかもしれません。

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しかし、私には、それがどうしても出来そうにないと思いました。壊れた状態で仕事をすることも、子どもを育てることも、今の私には到底想像ができませんでした。
ある日私は、彼に勇気を出して話をしたのです。
「正直今の状態なら、子どもは無理だと思う。きっと、夫婦になったら、子どもを作って、仕事を頑張って、家を建ててって周りの人たちは、出来ているけど、私には、その覚悟も自信もない。それに、新しく持ち始めた夢を追いかけてみたいんだ」
そう話しました。
すると、彼は、
「いいじゃん。夢があるなら、納得いくまでやってみなよ。お金は、どうにでもなる。貧乏だっていいんだ。やりたい事もできずに、生きるくらいなら、好きなことをやって、貧乏でも僕たちの子どもに会えなくても、それも一つの家族だよ。僕はね、子どもが欲しくて夫婦になったわけじゃない。家が買いたくて結婚したわけじゃない。君だから、一緒になりたい、ただそれだけなんだ」
そう言ってくれたのです。

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夫婦には、様々な形があると思います。大切な命を授かり、そのために生きる人もいれば、私たちのように、自分のやりたいことを支え合う、そんな夫婦もいる。それを教えてくれたのが彼でした。保育士をして、一番近くで子どもたちと関わってきたからこそ、中途半端に夢を諦めることも、子どもを育てる事もしたくなかったのです。

これからの人生がどうなるかは、全くわかりません。夢が叶うことは、さらに予想がつかないことだけれど、自分の人生を、やりたいように生きたいと思います。応援してくれる人がいる、支えてくれる人がいる、そんな環境に出会えたからこそ、私は私のやりたいことを、とことんやってみようと思うのです。
いつかの未来で、堂々と夢を語れる大人でいたいから。
自分の生き方に嘘をつかないように、胸を張ってこれからも、やりたいことのために突き進もうと思うのです。人生の大勝負に私たち夫婦は、かけてみようと決めたから。