玄関の扉を開けると、ドッと汗がにじむほど厳しい暑さを感じる。セミの声がうるさくて、一旦ドアを閉めそうになるが、スーパーに行くという使命があった私は、渋々外に出た。

四季の中で、もっとも嫌いな季節は夏だ。今年の夏は、特に嫌になっていた。
去年までは、暑さにウダウダ言いながらも、子どもたちとTシャツがびしょびしょになるくらい遊んでいた。なんだか充実感があって、仕事をしている感じが好きだった。
夏は大嫌いだけど、仕事の時の夏は別だった。子どもたちの汗まみれの帽子を洗いながら、「暑かったね」という時間が好きだった。水遊びを最高の笑顔で楽しむ顔を見るのが好きだった。

だけど今は、一日中クーラーの効いた部屋で、ぼーっとしている。今が夏なのか、なんなのかも分からないくらい外には出ていない。特に何をやるわけでもなく、ただただ時間の無駄遣いをしているのだ。だから、スーパーに行くだけでも後退りをしてしまうほど、億劫になってしまうんだ。
どこかの家で、ビニールプールに入りながらキャッキャッと笑う声につい振り向いてしまう私がいた。「あぁ、ちょうど私のクラスの子たちと同じくらいの歳だろうか」なんて考えると、悲しくなって現実から逃げるように目をそらして歩いてしまう。

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休職をしてから、もうすぐ四ヶ月が経つ。もうクラスの子は、私のことなんて忘れてしまったかもしれない。そう思うと、とても悲しくて寂しくなるのだ。
昔は、幼児さんと虫取り網を持ってセミを必死に捕まえた。図鑑を片手に、どのセミが獲れたのかを探す時間も幸せだった。
だけど、今は暑さを倍増するだけの鳴き声に耳を塞ぎたくなってしまうんだ。まるで、責められているような気持ちになってしまうから。子どもたちには会いたいのに、それが出来ないことが悲しくて、苦しくなってしまうから。
だから、なるべく外に出ないようになってしまったのかもしれない。

季節は、少しずつ変わり始め、秋になろうとしていた。
この間、大きな台風がやってきて、空のゴミや濁った空気を全部持って行ったかのような天気の日に外に出た。少し肌寒い空気になりながら、空は、とても澄んだ色をしていた。雲の一つひとつがしっかりしていて、どんな形に見えるかと一人遊びを始めてしまうほど、魅力的に見えていた。
今度は、足元に目を向けると、イチョウの木の下に銀杏が落ちていて、うっかり踏んでしまった私の靴は、なんとも言えない臭い匂いが漂っていた。
「外に出ないうちに、季節は、すっかり秋に変わっていたんだ」
そう呟くように私は、独り言を言っていた。

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今まで、外に出ることをあまりしなかった。休職をしている罪悪感があったから。
怖くて、外に出ることは極力避けていた。
いや、もしかしたら、外に出ない方が、現実を直視しなくて済むという、私なりの逃げだったのかもしれない。
ただ、今だけは、外に出てよかったと少しだけ思う私がいた。
季節を感じて、自然に目を向けられるくらい、気持ちに余裕ができてきたことを知れたから。
きっと、閉鎖的なところでずっと考え過ぎていたのかも知れない。鼻から大きく息を吸い込みながら、微かに香る秋の匂い。

いつか変わるだろうか。
季節が移り変わっていくように、私の心も。
今は、長い冬のように全てが同じ色に見えてしまうほど心の中が冷えてしまったけれど、いつか春のようにポカポカと温かくなっていくことで、氷のように冷たくなった心は溶けていくのだろうか。
夏のように、いらないものを脱ぎ捨てて、大きな海に飛び込んでいくくらいの気持ちになれるだろうか。
秋のように、木々を彩りながら様々なことに実りを感じることはできるだろうか。
いつか、休んでいたことも笑い飛ばせるようになれる日を思い描きながら、ただただ今は、季節の移り変わりを感じるのだった。
私の心も四季と同じように、様々な変化を感じられるようになれたなら、大きな一歩を踏み出せるような気がするのだ。