私たちは、今年の九月十八日に籍を入れました。世間で言うスピード結婚という形で。

出会いは、マッチングアプリでした。二人ともが不器用で、恋愛に関しても上手くいかずにここまで来てしまいました。共通点といえば、過去に浮気をされてしまったというところが、一番の共通点だと思っています。

◎          ◎

彼と出会ってから、私はエッセイや詩を書くようになりました。それは、彼が歌を歌ったり詩を書いたりする表現力に憧れがあったからなのかも知れません。初めは、少しでも彼のように自分を表現してみたいと思い始めましたが、いつしか言葉を紡いで表現することを心から楽しめるようになっていきました。

そんな私たちは、付き合って三ヶ月で結婚の話をするようになり、五ヶ月目の私の誕生日に正式にプロポーズをしてもらいました。そして、一年が経った九月に夫婦となったのです。
結婚してからも特にお互い何か変化があったわけでもなく、私はエッセイと詩を書いて、彼も詩を書く、そんな生活を続けていました。しかし彼は、歌うことを辞めてしまったのです。

付き合いたての頃は、私が彼の夢を応援していました。シンガーになるために一緒にオーディションについて行くこともありました。どれだけ上手くいかなくても、彼には才能があると信じて疑わなかったからです。
けれども彼は、どんどん自分の殻に閉じこもるようになり、とうとうシンガーになるための挑戦を諦めてしまいました。

◎          ◎

彼は「僕は、ずっと夢を追いかけるような人生を過ごしてきた。だけど、結局は上手くいかなかった。だから、今度は、僕が君のやりたいことを応援したいんだ。僕の夢を、君に託すから」そう言って諦めてしまったのです。
私もこの頃には、文章を書いていつかサイン会を開けるような物書きになりたいと思うようになっていたので、彼も本気で応援をしてくれました。そう簡単に上手くは行くはずもなく、挫折をすることもあったけれど、その度に「大丈夫!きっと面白いことになるよ。君にはその才能があるから」と励まし続けてくれました。

私は文章を書くときは、過去に彼がYouTubeにアップしていた曲をかけながら書いています。ずっと憧れていた彼の背中を追いかけるように、切なくてどこか寂しげな声と共に、当時を振り返りながら、頭の中に浮かび上がる文字を言葉にして。

けれど、いつも思ってしまうのです。彼の夢が叶うことができたらどれだけ嬉しいだろうと。有名になんてなれなくてもいい、少しでもいいから彼の歌声を聴いてもらえたらと思えば思うほど、彼の歌声が切なく聞こえてしまうのです。
しかし、奇跡は起こることになるのです。

◎          ◎

それは籍を入れた日、これから私たちの結婚記念日になる時に、彼はサプライズでオープンマイクに連れて行ってくれました。カラオケバーのようなところで、飛び入りで歌が歌える場所に。そしてステージに立ち、彼はマイクを通して話し始めました。
「今日僕たちは、晴れて夫婦になりました。そして、これから奥さんになる彼女に歌のプレゼントをしたいと思います」と。
曲は、エルトン・ジョンの『Your Song』でした。「僕の歌を君に贈るよ」という意味を込めて。

ガヤガヤしていた会場だったけれど、彼の透き通る歌声は、私の心にしっかりと入り込み、一つひとつ丁寧に歌い上げられていきました。歌い終わった後、サプライズでケーキを出してもらい、私たち二人から一言ずつ話すことになりました。

私は、人前が苦手でさらに涙で声が震えながらも、この場で伝えなくてはと思い、マイクを通して「彼は、ずっとシンガーを目指していました。けれど、上手くはいかず、その夢を諦めてしまいました。いつしか歌うことも辞めてしまい、そんな彼の姿をずっと傍で見てきました。だからこそ、このような所で歌ってくれた彼を誇りに思い、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。本当にありがとう」と。

彼は、歌が上手くいかなかったと落ち込んでいましたが、今まで聞いた中で一番心に響く歌声でした。

◎          ◎

今までこんな風に私を想ってくれた人は、一人もいませんでした。だから、本当の愛なんて存在しないと思っていました。数々の恋愛を経験したからこそ、結局は自分本位で身勝手なものだと。

しかし、彼の行動の一つひとつには、ちゃんとした愛が詰まっていることを、毎日感じています。きっと、私たちがロクな恋愛をしてこれなかったのも、浮気をされてばかりだったのも、お互いが出会うためだったのかなと思っています。

彼のくれた声の贈り物は、生涯の宝物となりました。私たちが歩む道には、沢山の困難が待っているでしょう。その度に彼の優しさに助けられ、助け合いながら生きていこうと思います。
彼の歌が私を救ってくれたように、今度は私が文章で、彼に勇気を与えられるようになれたら一番幸せだと思うから。