去年の今頃だろうか、私が文章を書き始めたのは。
今まで付き合ってきた元彼たちに復讐をしたくて、私の辛い思いを知って欲しくて、書き始めた。ただ書いているうちに、復讐心ではなく、大切な人たちに恩返しをしたい、同じ思いを抱く人の力になりたいという心の変化があって、どんどん書くことにのめり込んでいった。

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過去と向き合う作業をすることは、辛いことを思い出したり、時にはセンチメンタルな気分になったりもした。けれども書いていくうちに、今まで出すことのできなかった私らしさを見つけて表現するようになった。それと同時に、私は自分自身とも向き合う機会が増えていった。

今まで見ようとしなかった心の弱さを知ろうとした。保育士という仕事が大好きで、それ以外のことは考えたこともなかったけれど、どこかで、職場の環境や人間関係に疲れてしまっていたんだ。文章を書けば書くほど、仕事に対しての疑問が生まれ、苦しくなってしまった。
ずっと前から体調を崩し、いつ壊れてもおかしくない状況だったけれど、保育士という仕事しか自分を認める方法がなかったから、離れることが出来なかった。
きっと、そこにすがることしか方法が見つからなかったのだろう。
想いを綴るたびに「今の生活は、本当に幸せなの?体を壊して、心を壊して、嫌なことから目を背けて働き続けることは、正しいことなの?」。
そう自問自答することが増えていった。

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もしも、勇気があれば、声に出せたのかもしれない。「そのやり方は間違っている」と。正しいことが何かを知っていたら、悪口や文句を言う人たちに流されることはなかったのかもしれない。
けれど現実は、同じように悪口を言ってしまうことがあったし、職場の環境に不満があっても、それを声に出すことも出来なかった。そんな弱い自分が嫌いで許せなかった。きっと、文章を書くことをしなかったら、ずっと同じような生活を続けて、心の醜さに絶望していたのかもしれない。

今こうして保育士の現状を、私が受けてきたことを包み隠さず書くのも、罪の意識から解放されたいという気持ちが少なからずある。ただ、悪いことばかりではなく、前向きに考えられるようになった部分もある。
休職して、うつ病と闘いながら私にしか出来ないことを探し続けたことで、同じ痛みを知る人に寄り添えるようになった。常に時間に追われて、視野が狭くなっていたあの頃と違って、些細なことに目を向けられるようになった。

きっと、人生には流れというものがあって、流れに逆らわずに身を任せてみると、色々なものが見えてくるような気がする。今までの私は、流れに逆らい続けていたから、感情の波が石と石の間に挟まり、流れを止めてしまっていた。だから、悪いものばかりを溜め込んだ結果、負の感情が溢れてしまったのだろう。

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けれど、今はまるで違う。流れに逆らわず身を任せたおかげで、やりたいことを見つけることが出来た。人間関係も同じで、私にとって必要な人を知ることが出来た。
だからこそ、今では文章を復讐の道具に使うのではなく、自分と向き合い、素直な気持ちを書けるようになったのだ。そして、同じ苦しみの中にいる人たちに向けて、エールとしても書くようになれたのだ。
こんな風に思えるようになったのも、辛い時期を支えてくれた人たちのおかげでもあり、文章を書いてきた結果でもあると。
そして、いつしか私の書いた文章が少しでも多くの人たちに読んでもらえる日が来ることを夢に見て、これからも私らしい言葉を贈りたいと思うのだ。

嘘偽りのない、私なりの真っ直ぐな想いを。