小学二年生の頃、私は父ちゃんとある約束をしました。それは、強くなりたいという、とても漠然とした約束。

当時は体も小さく、住んでいたマンションには同じ年頃の女の子は、私だけでした。男の子たちと遊ぶことはあったけれど、だんだんと仲間に入ることが出来なくなっていました。からかわれたり、嫌なことをされたりすることもあって、強くなって見返したいと思う気持ちがありました。だから、父ちゃんに「強くなりたい、見返してやりたいんだ」と言ったんだと思います。
父ちゃんも私の想いを尊重して、空手を習わせてくれました。そして一人ではなく親子で習うことになりました。初めて行った道場は、床が冷たくて、カビの匂いがしていました。けれども、今から始まる強くなるための修行にワクワクしたのを覚えています。

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毎週水曜日と金曜日に親子で空手に行っていました。基礎練習から始まって、技を覚えたり、形を習ったりと学ぶことが多すぎて、目が回ってしまいそうなくらいでした。
私が飽き性なことを両親は誰よりも知っています。だから、空手もすぐに辞めてしまうかもと思っていたかもしれません。しかし、思った以上に空手に対して真剣に向き合う姿勢に、両親も精一杯応援をしてくれました。

何年も通っているうちに私は、小さい大会ではあるけれど、優勝をすることやメダルを取ることも増えていました。自分でも、絶対勝てると自信があったからです。勝つためなら、家の中でも必死に練習をしました。
時には、父ちゃんに怒られて泣きながら練習をしたこともありました。けれども、何度も賞を取るたびに私は、黒帯を取れるようになりたいと、目標を大きく持つようになりました。
ある時から、強くなりたいという夢が黒帯を親子で取るという目標へと変わっていきました。今まで週に二回の練習以外にも、練習する機会は増えて、本当に過酷な中で、黒帯を目指して練習に明け暮れていました。

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そして、いよいよ昇段試験の日。私たち親子は、この日に向けて毎日血の滲むような努力をしてきました。家でも道場でも、黒帯を取るために二人で支え合ってきました。そして、昇段試験は親子揃って合格となり、私たちは晴れて、黒帯をつけることが出来たのです。
あの日、私でも父ちゃんでもなく、母ちゃんが一番に泣いていました。父ちゃんは「なんでお前が泣くんだよ」と言っていましたが、毎日の練習を近くで見ていたからこそ、やっている人には見えない視点があったから、涙が溢れてきたのかなと、今なら分かるような気がします。

しかし、黒帯を取ってすぐに、私たちは道場を辞めてしまいました。道場で教えてくれた先生が、少しずつ変わってしまったことが一番の原因でした。
昔は、厳しくも愛に溢れた人でした。しかし、私たちが黒帯を取ったあたりには、もう、すっかり人が変わってしまいました。厳しくて感情ばかりをぶつけてくる姿に、私と同じ時期に始めた人たちもどんどん辞めてしまいました。そして、私たち親子も後を追うように辞めてしまったのです。強くなろうと約束をして始めた空手は、いつしか黒帯を取るという目標へと変わり、結局は人間関係が原因であっけなく終わってしまいました。

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しかし、武道の道に一度は入り、真剣に向き合ってきたからこそ思うのです。
真の強さは、心の中にあると。
どれだけ力が強くても、試合に勝ち続けても技術があっても、それは真の強さとは言えないと。空手をやっていた頃よりも、今の方が強さがあると思います。力の強さではないけれど、人の痛みが分かり、相手への思いやりの心を忘れない人としての強さを、大人になってから持つことが出来たから。

空手を続けていればと思うこともあるけれど、これでよかったのかなと思うのです。父ちゃんと追いかけた黒帯は、今では、大切な思い出と努力の勲章として大切にしています。
あれだけ辛い練習に耐えてきたからこそ、きっと、この先にある試練も乗り越えられる気がします。
力の強さではなく、心の強さをしっかり持ちながら生きていこうと。