「君は、今までずっと忙しい日々を送っていた。周りが見えなくなるほど、体を壊してしまうほど、ひたすら走り続けたんだ。今は、何もしないっていうのが君の仕事だよ。何もしないで、時間にも囚われないで、好きなことをする時期なんだ。だから、焦らなくていい。無理に何かをしようとしなくていい。君のことだから、きっとそのうち嫌でも何かしたくなるから」
そう彼が、言ってくれました。
保育士から離れて、新たなチャレンジをしようとする私を否定をせず、背中を押してくれました。

毎日家で過ごす日々は、窮屈で苦しくなってしまう時があります。思うように動かない体に、無気力な自分、今までの忙しく働いていた生活と打って変わって、まるで別人のような日々を過ごしています。一日中空を見上げて、物思いにふけることもあれば、ベットから起き上がれない日もあります。

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仕事を休み、辞めると決めるまで、本当に色々な私に出会いました。保育士をしている時だけが、本当の私であり、唯一自信をもてる場所だったのです。そんな環境から離れた今、自分のことを誇れる材料は、無くなってしまいました。時間を見ながら、「今はお昼寝の時間かな、もう、お迎えの時間かな」と考えると、体は重くなり、動くことが出来なくなってしまうのです。
ただ、一つだけ私には、逃げる場所がありました。まだ、仕事をしていた頃、文章を書くことに魅了され、今まで言えなかった想いを文字にすることで、一つひとつ気持ちの整理をするようになりました。仕事を辞めた今でも書くことを続けていますが、ある時、完全に気持ちが切れてしまい、全く書くことをしなくなりました。
毎日繰り返される日常と、変化のない環境に、ただぼーっとしていることしかできない自分に嫌気が差していたのです。少し前まで、物書きになるという夢を持ち始めていたけれど、保育士から離れ、そんな言葉も口にすることはなくなっていきました。
どこかで、諦めの感情が湧いてきて、夢を語る資格なんてないと思うようになっていたからです。仕事を辞めた人間が、生産性のない日々を過ごしている人間が、夢を語るなんてと、自らの想いに蓋をしてしまいました。
三月まで仕事を続けてから、新たな夢に向かって走り出そうと決めていたけれど、現状は、七月から全く仕事に行けなくなり、十一月に退職をすることが決まりました。想像もしていなかった状況に、ただただ嘆くことしかできなくなってしまいました。

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ある時、私は彼に言いました。
「もう書くことをやめようと思っている。結局私には、才能がないんだ。仕事だって途中で辞めて、子どもたちにも会えないし、無責任で何一つ出来ないんだ」と。
すると、彼は「君は、大きな決断をしたんだ。辞めることは逃げることじゃない。子どもたちを捨てたことにもならないよ。体を壊してまで働くことは、間違っている。君は、文章を書いて色々な人たちに寄り添ってきたんだ。今は辛いかもしれない。そんな時は、何もしなくていいんだよ。時間が経つにつれて、想いを書きたくなっていくから。君の言葉に救われた僕が言うんだから、間違いないよ」そう言ってくれました。
彼と出会った時から、私は病気になっていました。まだ、うつ病と診断されていなかったけれど、誰が見ても不健康そうな見た目をしていました。
ガリガリに痩せた体を見ても、彼は「君は素敵だよ」と言ってくれました。ほんの少ししか食べられないご飯を「一緒に食べられるのって嬉しいね」と無理強いをすることはありませんでした。
何より、「君の言葉に救われたんだ。君の文章は、誰かの心を動かす力がある」と言ってくれました。仕事を辞められたのも、彼の存在があったからです。新たな夢を持つことが出来たのも、支え続けてくれたおかげでもあります。

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仕事を辞めた今でも、何もしない時間を過ごしています。ただ、前と変わったことは、自由に想いを書けるようになったこと。そして、辛かった思い出も、一つの物語として文章に残していけるようになったことです。
保育士を辞めると決めたあの日から、私は、物書きになる夢に向かって歩き出したのかもしれません。
彼の言葉が、私に大きな勇気を与えてくれたから。