最近、不思議な縁があって、今まで疎遠になっていた友人や、子育てで忙しくて会えなくなってしまった友人と、数年ぶりに再会する機会が何度かありました。喧嘩をしていたわけではないけれど、それぞれの事情があって、都合が合わずに会えなくなってしまった人たちと、再会することが立て続けに起きています。

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その中の一人は、大学時代、常に行動を共にしていました。就職した後も、電話をしょっちゅうするほど仲が良くて、友人には仕事の話や恋愛、沢山のことを話していました。しかしいつの間にか、友人も二児の母になり、独身だった私とは時間も合わず、自然と会うことがなくなってしまいました。

そんな時、私の結婚と休職が決まったタイミングで、昔のように会うようになりました。昔の頃と変わらず二人の時間を懐かしみ、年齢を重ねた実感を分かち合っています。
ある日、友人から自然な流れで話された内容に、生きているという意味を考えさせられたのです。

その友人には幼馴染がいました。大学時代二回ほど友人を通して幼馴染の子と電話をしたことがあります。とても美人で天真爛漫という言葉がよく似合う女性でした。初めましての私にも、フランクに話をしてくれて嬉しかったのを今でも覚えています。

そんな彼女を、友人は「にゃこ」というあだ名で呼び、私も「にゃこちゃん」と呼ぶようになりました。会ったことは一度もありませんが、友人から話を聞くことも多くありました。
ある日、いつものようにランチをしながら話をしていると唐突に「にゃこがね、白血病で亡くなった時にさ~」と自然な流れで話をし始めました。

一瞬何を言っているのか理解ができず、ただ、死という非日常的な言葉が出たことに、驚きとなんとも言えない感情が全身を駆け巡りました。

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友人は淡々と、闘病生活での彼女との思い出を話し始めました。その姿はまるで、あの日のことを一つひとつ整理をしながら、思い出を振り返っているように思えました。泣くわけでもなく、過去を悲観するわけでもなく、まだ、にゃこちゃんがそばにいて思い出話をしているような感じで。

幼馴染との突然の別れは、友人自身もいまだに受け入れることができず、「にゃこは、まだ生きてるんだ。会うことはできないけど、すぐそばにいてくれるんだ。だからこの話は、悲しい話なんかじゃない」と言い聞かせているように感じたのです。だから、時折、「この話したかったのに、にゃこのやつ」と冗談交じりに、そして悲しみを隠すようにして話していました。

にゃこちゃんが生前、白血病と闘っていたとき、抗がん剤治療で髪が抜けて姿が変わっても、散歩に出かける時には、ウィッグを被り、メイクをして、身なりを整えてから友人と出掛けていたそうです。友人は「近くに行くだけなんだから」と言ったそうですが、にゃこちゃん自身、最後の最後まで大好きなお洒落を楽しみ、元気だった頃の姿で外を歩きたいと思っていたのかもしれません。

全ての話を聞き終わり、友人はボソッと「今でも実感が湧かないんだ。この話にゃこにしなきゃと思っても、そういえばもう話せないんだって思う瞬間が何度もあるんだよね」と言っていました。その横顔は、とても寂しそうで悲しそうで、ただ、彼女の分までとは言わないけれど、どこかでにゃこちゃんのことを忘れないように、共に生きていこうとしているように感じました。

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ランチをした後、少し外で話していた私たちでしたが、ふと空を見上げると、どこまでも広がる晴天と暑いくらいの太陽が私たちを照らしていました。秋なのに汗が出てきそうなほどの暖かさに、少しだけ、にゃこちゃんの姿を重ねていました。
天真爛漫で笑顔がよく似合う彼女の姿を。

生きていればいつ何が起こるか分からない中で、私たちと同じ年齢の子が、白血病と闘い若くしてこの世を去りました。

安易なことを言うつもりも、同情するつもりで書いているわけでもありません。ただ、私が話を聞き、思ったことを言葉にすることで、彼女が生きてきた証を少しでも残すことができるのではないかと思いました。

全てを聞き終わり、友人に「にゃこちゃんのこと、エッセイに書いてもいいかな?」と聞くと、「書いてあげてよ。自分の話を書いてもらえたら、あいつ喜ぶと思うから」と、その一言で書こうと決めました。

彼女が生きた証が少しでも文章で伝えられたら、そして、関わってきた友人を含めて、周りの人たちが彼女を失った悲しみよりも、彼女と過ごした楽しい日々を思い出せるように。
きっと、にゃこちゃんも悲しむ姿より、笑って自分の話をしてくれる方が喜んでくれると思います。優しくてまっすぐな彼女はきっと、泣き顔よりも、笑顔の方がよく似合うと私は思うから。