昔からお洒落が大好きでした。社会人になってからの生きがいは、週末だけでもお洒落を楽しみ、別人になった私として過ごすことでした。
給料のほとんどを服やメイク道具に使うほど、見た目に対して執着していたのかもしれません。家には大量の服や靴が置いてあり、どれに着替えようか迷ってしまうほどでした。

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しかし今は、買いたいという気持ちが湧かず、お洒落をすることが生きがいだと感じることがなくなっていました。買い物に行っても服を買うことも、見ることもしなくなりました。
お洒落をすることが嫌になったわけでもないし、興味が無くなったわけでもない。
きっと、見た目だけを繕うことに、ワクワクしなくなってしまったんです。
昔の私は服は好きだけど、外に出かけることは嫌いでした。遠出をすることなんて、ほとんどありませんでした。もしも遠出をするならば、重い腰を上げて、心の準備をする。それくらい、私にとっては興味がなく、面倒なことだったのです。
ただ今は、友人たちとどこかに出かけることが増え、新しい景色を見たり、知らない場所に行ったりすることが楽しいと思えるようになっています。

初めてかもしれません。形あるものに満足をせずに、形には残らないけれど、心に残るものに満足するようになったのは。今までこんな気持ちになったことはありませんでした。けれど、やっぱり文章を書くようになってからなんです。
その場所にしかない景色を見て、誰かと楽しさを共有して、思い出を作っていくことが、純粋に楽しいと思えるようになったのは。外に出ることを進んでするようになってから、私にはなかった感情がどんどん湧いてくるようになりました。

「私、こんな気持ちにもなれるんだ。こんな風にも思えるんだ」
そう素直に感じられることに、何より驚きました。休職してから、友人たちはなるべく私を外に連れ出してくれました。独りにならないように、底なし沼のような負の感情に沈まないように。

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もしも、友人たちが誘ってくれなければ、家に引きこもったまま出る機会を失っていたかもしれません。
知らない場所に行こうと勇気を出さなければ、とっくの昔に書くことを辞めていたかもしれません。今までの人生では服が生きがいであり、自分を表現する唯一の方法でもありました。私が私でいられる、それがお洒落をすることでした。
けれど今の私は、文章で自分を表現することが出来る。表面だけ綺麗に着飾った私ではなく、本当の姿をさらけ出せるようになったのです。だからこそ、形に残るものではなく、記憶に残るものを大切にしようと思えるようになったのかもしれません。
もしも、何も考えずにただ生きているだけなら、今も湯水の如く服にお金を使い、見た目だけを磨くことに力を入れていたかもしれません。自分が嫌いなことや苦手なことを否定して、どんどん醜い大人になっていたかもしれません。

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過去の自分と今の自分、どちらが好きかと聞かれたら、今の自分だと即答するでしょう。
苦手なことを否定することは簡単です。
興味がないことをしないと選択することも簡単です。
ただ、自分の知らない何かに飛び込んでみるのは、すごく勇気が必要だと思います。知らない世界を自分から経験した時、心が動く瞬間に出会えるかもしれない。文句ばかりを並べるのではなく、「やってみよう、見てみよう」と好奇心の芽を育てることが、新しい自分と出会える第一歩だと思います。
その一歩を踏み出した私は、これから沢山の好奇心と出会い、経験してみようと思います。新たな私と出会うチャンスに、ワクワクできる私でいたいから。