私には、大好きな先輩がいます。
木の幹のような芯の太さと、真っ直ぐな思いに常に憧れていました。誰かの意見に流されることはなく、何が正しくて、何が間違っているかを冷静に判断できる人でした。
そんな彼女の背中を追いかけていたのが私でした。ひいきなんてしないで、分け隔てなく接する姿は、普通のことかもしれませんが、それさえも出来ない人が多かった職場では、彼女の行動に正義を感じることさえあったのです。

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そして、もう一つ大好きになったきっかけがあります。
「子どもたちが毎日行きたいと思えるような環境にしたい」。それが私が保育士をしていた時に掲げていたモットーでもあり目標でした。
中には、泣いてしまう子もいるし、行きたくないと登園拒否を起こす子もいる。けれど、保育園がワクワクする場所だったら、行きたくなるんじゃないかと思い、試行錯誤をしながら毎日を楽しく過ごせるようにしていました。子どもたちがやりたいと思うことがあれば、出来ない理由を探すのではなく、限りなくできるように一緒に考えて遊びに取り入れたこともありました。

しかし、今までの型にハマった保育を考えている人にとって、私のやり方は面白くなかったのか、何かにつけて文句を言ったり、粗を探したりするようなことを言われたりすることが多かったのです。そんな時、先輩は「今のアイディアすごくいいと思うよ」だったり、「他の人が何か言ってても気にしなくていいよ。先生のやりたい保育をするのが正しいから」と言ってくれました。
あの言葉に、どれほど救われたか……。
今まで言って欲しかった言葉なのに、返ってくるのは否定的なものばかり。それに同調するわけでもなく、「あなたのやっていることは間違っていないよ」と真っ直ぐ目を見て言ってくれたのが、先輩だったのです。
彼女と仕事をしている間、一度たりとも否定をされることはありませんでした。クラスが離れてからも、時折、様子を見ながら気にかけてくれる言葉をいつもくれました。口を出すことはないけれど困ったときは、すぐにそばにいてくれるような、優しくて思いやりが溢れている人でした。

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そんな先輩と、休職後私は一度も会えていません。私がいなくなってから、職場の環境は間違いなくひどくなっていました。正直、よく思われてないのかもしれないと考えることもありました。
けれども、たまに安否確認のように連絡をくれることがあります。過度に心配するわけではないけれど、いつも通りに接してくれる中に、やっぱり先輩らしい心遣いが隠れています。

私は、物書きになりたいと一度だけ先輩に話したことがあります。ただ、仕事で悩んでいた私にとって、話すことはすごく勇気がいりました。
すると先輩は「仕事の代わりはいるけれど、自分の代わりは誰も出来ない。だから、辛いと思ったら、辞めていいんだよ。それに、いい夢だよ!いつか、絶対有名になってね!」と励ましてくれました。その言葉もあってか、新たな道に進む一歩を踏み出せたのかもしれません。

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きっと、この先会うことはめっきり減ってしまうでしょう。もしかしたら、一年後、二年後と、月日があっという間に流れてしまうかもしれません。ただ、先輩からもらった沢山の愛情と言葉は、紛れもなく私に自信を与えてくれました。
「やりたいことを、貫きなさい」。そう言われているような気がしました。
私が、過去に受け持った子の中に、先輩のことが一番好きだという子がいました。どれだけ私が愛情を注いでも、結局、勝つことはできませんでした。
ただ、気持ちがわかるんです。
子どもたちが大好きっていう気持ちが。
それは、先輩の人柄が子どもたちにも伝わっているから、そして大人の私にも、同じように伝わっている。
もしもあの職場で働かなければ、先輩と出会うことはありませんでした。人として何が正しくて、何が間違っているのかを考えることもなく、歳を重ねてしまっていたかもしれません。
辛いことも多かったけれど、先輩に出会えて本当に良かったと思っています。いつの日か、どこまでも大きく真っ直ぐな信念を持ち、堂々と自信を持って正しい道に進んでいけるような、大人になりたいと心から思います。

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あなたのような人に出会えて私は、本当に幸せ者でした。
あなたのもとで学べた一年間は、特別でした。
何が正しいことなのかを教えてくれたのもあなたでした。
誰よりも、子どもたちのことを考えて行動する姿は、尊敬しかありませんでした。
どうか、これからも変わらないままでいてください。
おこがましい願いかもしれませんが、子どもたちのこと、よろしくお願いします。