長いようで短い保育士人生が今年、幕を下ろしました。

行き慣れた保育園に来るのも、今日で最後になると思うと、どうしても楽しかった思い出の方が強くて、「やっぱり続けたい」と言おうか迷ってしまうんです。けれども、私の手の中にある退職届を見ると、「やっぱり引き返すことは出来ないんだ」そう思いとどまってしまう。
私にとっては最後の場所だけど、子どもたちを含めた他の人たちにとっては、明日は当たり前にやってきて、当たり前のように過ごすんだと考えたら、園庭を見渡しながら涙を堪えるのがやっとでした。

しかし、最後の最後に神様は、私に贈り物をくれたんです。
退職届を持って約束の時間に来たはずなのに、たまたま園長は出かけていました。職員室では、他の先生たちが事務仕事をしていて、とても入る雰囲気ではありませんでした。だから、仕方なく外で待っていると、私のことに気づいた子どもたちが手を振って走ってきました。持っていた別れの紙をそっと後ろに隠して、いつものように振る舞いました。

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子どもたちは、思い思いに話したいことを私に伝えてきます。集まってくれた数が多すぎて、いっぺんには聞けないけれど、一つひとつ丁寧に言葉を返していきました。
新しく買ってもらった靴の自慢をする子や、発表会の練習を頑張っていると教えてくれた子、ただ単純にぎゅっと抱きしめてくれた子、本当に色々な形で話しかけてくれました。もう会うこともないと思っていたし、私も泣いてしまうから会わないようにしていたのに、神様は悪戯に時間をくれたんです。
結局、子どもたちと二十分近く、話をすることができました。
それと同時に先生たちはクラスに戻り、園長も帰ってきました。

後ろに隠していた退職届を差し出して、書類を書きながら事務的な作業を行いました。全ての処理が終わり、園に置いていった荷物を整理すると、私の引き出しにハガキが入っていたのです。
それは、以前担任をしていた子からの暑中見舞いでした。
「先生、小学校は楽しいよ。また、先生に会いにいくから待っててね」そう書いてありました。見たことのある字と可愛らしい絵は、私の心をキュッとさせました。離れていても、こうやって思い出してくれることが嬉しくて、寂しくて、ありがたかった。改めて、私のしてきたことは正しかったんだ、子どもたちには、ちゃんと伝わっていたんだ。
そう思えたんです。

少しだけ冷たくなった風に吹かれながら、私は園庭を後にしました。園に行くのは、これで本当に最後となりました。両手に持った荷物が、とても重く感じました。
きっと、思い出が沢山詰まりすぎて、余計に重く感じたのかもしれません。

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きっと、生きていればどこかで会えるなんて気休めの言葉は、私はどうも好きにはなれず、これで本当にさようならだと心の中で覚悟を決める必要がありました。だからこそ、最後の最後に子どもたちと関われた時間は、忘れられない贈り物になったのだと思います。

本当なら、三月まで辞めるつもりはありませんでした。けれども沢山の選択の中で、私は自分の意志で辞めると決めました。
その答えに後悔はしていません。
間違っているとも思っていません。
心を壊して、自分に嘘をついて働くことは、子どもたちにも心配をかけてしまうから。
あの子たちの笑顔を守りたいはずが、守れなくなってしまうことの方が辛いんです。
だから病気になってしまった私は、離れることを選びました。
この選択がいつか良かったと言える日が来るように、前を向いて歩いていこうと思います。あの子たちと過ごしたかけがえのない日々が、私にいつも勇気をくれるから。
もう会うことは出来ないけれど、心は繋がっている。
そう思えば、悲しい気持ちも秋の風と共に飛んでいくでしょう。

あの子たちに出会えたから今の私がいます。
あの子たちがいてくれたから、先生になることができました。
遠く離れていても、もう会うことができなくても、ずっと大切な私の宝物を、心の引き出しにそっとしまって生きていこうと決めて。