ついこの間、とても嬉しいことが起きた。
それが、今一番ハマって観ているYouTuberから送られたDMだった。

私は、昔から過去に起きた事件やシリアルキラーの話に興味を持っている。彼らが事件を起こす理由や生い立ち、なぜ人の命を奪うことに執着してしまうのかなど、人間の黒い部分を包み隠さず出す姿に、怖いもの見たさと、関心を持っていたからだ。

決して、命を奪うことを肯定しているわけではない。
ただ、事件を起こすまでに彼らが幼少期にどんな環境で育ち、黒い部分がいつから顔を出していくのか、そういうことに興味があった。

全てのシリアルキラーが壮絶な生い立ちをしているわけではないが、中には、幼少期から様々な虐待を受け、人間として扱ってもらえなかった苦しさ、また、生きていく中での劣等感、セクシャリティの問題など理由は様々だ。

そんな事件を中心に紹介しているのが、「GRO Filing-グロファイリング」というチャンネル名でやっているGIROという人だった。

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まだ、彼のチャンネルを知る前は、他のYouTuberを観て関心を深めていた。しかしGIROのチャンネルを観た時、事件の忠実性に度肝を抜かれ、ただ話すだけではなく、怒り、憎しみ、悲しみ、そして喪失感を見事に動画内で表現している。
そして、彼の声は人を惹きつける力があり、すぐに私は虜になっていった。

完成度はどのチャンネルよりも高く、素晴らしいの一言に尽きる。
昔の事件から今起きている事件まで幅広く伝える技術は、圧巻だった。

そして、最近の事件で、炎天下の中バスに置き去りにされてしまった子の話を取り上げていた時、彼の声から読み取れるどうしようもない怒りに共感を覚えた。私も保育士という職業をやっていたし、昔働いていた場所では、バスに乗ることもあった。

どうしたら、そんな事件が起きるのか理解に苦しみ、一番の異様さは記者会見で、ことの重大さに未だに気づくことなく、ヘラヘラした態度で、話し続ける園の責任者の姿だった。アシスタントの女性と共に、行き場のない怒りと、未然に防げるはずの事故に対しての叫びを、代弁してくれるかのようにGIROが話していた。

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しかし、「GRO Filing-グロファイリング」の登録者数は他のチャンネルよりも少ない。それは、再現度の高さと忠実性、細やかな動画編集の圧倒的な技術だから起きる、悲しい現状があるのではないかと私なりに感じてしまった。

他のチャンネルは、誰もが気軽に観ることができる。どれだけ凶悪な事件だろうが、観ている人が恐怖感を感じることなく、観たいけれど怖いと思う人たちが、観やすいようにできているのだ。しかし、忠実性とそこにある心理や考え方をありのまま観たいと思う、コアなファンが「GRO Filing-グロファイリング」には集まっているのではないかと思った。

興味のない人が観たら、恐ろしい動画に思えてしまうが、私は彼の繊細さと人柄の良さを動画内ではあるが、たびたび目にすることがあった。動画の締めでたまに「登録者数が増えなくて……」とか、「方向性をどうしたらいいか」など、自問自答するように、時には不安な気持ちを出してしまう、人間の弱さを見せてくれるのだ。

彼なりに努力しているのだろう。
私は彼ほど才能もないし、ただのファンでしかないけれど、少しだけ自分の姿と重ねてしまったのだ。
どれだけいい文章を書いて、少数の人だけでも私の文章を良いと言ってくれることがあっても、ランキングに載ることもなければ、大きな賞を取れたこともない。
独りよがりで一方通行の文章になっていないか、毎日一喜一憂を繰り返している。

誰かの言葉で勇気を取り戻したと思えば、数字を見て現実に引き戻される、そんな葛藤を形は違えど、私も同じような気持ちになっていたんだ。

そんな時に私は勇気を振り絞り、彼にDMを送った。本当に応援している一人のファンとして、そして同じ悩みを抱える仲間としても、勇気の言葉が欲しかった。

きっと、返事なんて返ってくるわけがないと思っていたけれど、思いを伝えることが大切だと、勇気を出して連絡をしたのだ。すると、彼は忙しい時間にも関わらず、丁寧に連絡をくれた。

純粋に嬉しかった。
こんな風に応援していた人から連絡が来ることに、心から感謝を伝えたくなったのだ。

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後に、彼の登録者数がようやく六千人を迎えたとき、私はすぐさまSNSを通して、コメントを送った。その中に、彼らしいとても真っ直ぐな言葉を添えて、返信をくれたのだ。

「周りは勝手に辞めていく、ただ続ければいいけど、実際は難しい。なぜなら、それは常にもう一人の自分との戦いだから。自分の邪魔をするのは、他人じゃなくて常に自分」という言葉を。それは彼自身、自問自答を繰り返し、不安の波に押しつぶされそうな思いを抱えながら、それでもやり続けていこうとする信念の強さを感じた。

結局は、続けることも辞めることも他人が決めるのではなく、最後は、自分で決めなくてはならない。ならどれだけ時間がかかっても、やり続けたほうが必ず見てくれる人は現れると思う。

彼の今後の活躍を一ファンとして見守りながら、2022年の最後にこんな嬉しい言葉をもらい、私自身も夢のために頑張っていこうと心に決めたのだ。
辞めるのも続けるのも自分次第なら、自分を信じてやり続けようと。

GIROに勇気をもらったように、私も誰かに勇気を与える文章を書いていきたいから。