今からちょうど5年前のこの頃、私にはとてもかわいい後輩ができた。
160センチ前半の小柄で、廊下ですれ違えば満面の笑みで私に微笑みかけてくる。可愛がってもらいたげな雰囲気をまん丸い顔と真っ赤な頬に表出して、こちらを見つめている。
絵本に出てくる小僧の様な顔立ちの、とても成人男性とは思えない童顔でそうした素ぶりをしてくるから、こちらも心を揺さぶられずにはいられない。元々姉御肌な私も彼に応じて、見守るような表情で微笑み返した。

彼との出会いは、文学部の専門科目であるインド哲学の講義でのことだった。
この分野に関心のない私は、次の時間に行われる院生ゼミの準備をしようとレジメを机の上に置き、内職する気で一旦化粧室に向かった。すると、レジメに興味を持ったのか、覗いてくれている男子学生がいた。
「こんにちは」
興味を持ってくれたのが嬉しくて、微笑みかけるようにあいさつを交わすと、
「あ、面白い研究していますね。隣いいですか?」
と、私の隣に座ってきた。

彼は学部の後輩で、歴史の研究室に所属しているらしい。その次の週も隣に座りたげな表情をしてきて、講義中だというのに彼の方から交換日記を差し出してきた。その後も北海道を開拓した先祖の話や、公務員をしながら研究を続けたい話など、講義中はとても楽しい時を過ごしていた。

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次も彼と会える。そう楽しみにしていた次の週、彼は急遽私の所から離れていった。
理由は分かっていた。共通の知人の一人が、私に恐怖心を抱いていたからだ。

知り合ったのは、その知人が先だった。教職の講義で一緒になるとグループワークでも同じ班となり、よく議論を交わし、それなりのものを仕上げた。彼は放っておけないほどの天然で、紙提出を求められたレポートによだれを垂らして寝ているかと思うと、次は後ろに座る学生のペットボトルの蓋に寄りかかって寝ていた。

そしてある日、久々に彼と廊下ですれ違うと、その日の夜に大して広くない駐輪場で自分の止めた自転車がないと、その駐輪場を歩き回っていた。一緒に探してあげようとも思ったがその日の夜は遅く、不審者情報も多発していたことから先に家に帰った。
その後の講義で心配となり、
「自転車見つかった?」
と聞くと、うん、と頷きほっとした。それから何度か廊下ですれ違ったが、ある日突然私とすれ違うと、表情を変えて逆方向に走って逃げていった。嫌いというのとは違う、何か恐れているかのような表情だった。

もしかしたら、私があまりに心配するので、恋愛対象として見られていると思ってしまったのかもしれない。そういうつもりはなかったが、避けられているのに今更彼のもとに出向くのも迷惑だろうと何も触れずにいた。

まさかそれが原因で後輩が一人離れていってしまうとは思わず、11月の出来事だったのに、年末も年明けもふとそのことを思い出しては心が休まらない気持ちだった。
幸い他にも仲良く接してくれる友人は多く、寂しさを紛らわせようとしたが、その溝が埋まることはなかった。そして何より、恐怖心を彼にも伝播させてしまったのではないかという事が気がかりでならなかった。

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月日は流れ、私たちは母校では典型的なパターンである出身地の地方公務員となった。
時々SNSで仕事の話をしたが、恐怖心を植え付けてしまったことに対する正式な謝罪はできていない。そこで私は5年ぶりに勇気を出して、今から電話できないかと聞いてみた。
彼は受け入れてくれ、仕事の話や友人の話など、他愛のない会話をした後に、これまでのことを正式に謝罪した。

彼は大して気にしていなかったようで、寧ろずっと気を使わせて申し訳ない、本当は困っている人を放っておけない優しい性格なんだね、と言ってくれた。彼は昨年気を病み精神科に通院していたが、またいつものメンへラネタだろうと流してしまっていた。気付いてあげられなかったなと、後ろめたさを感じた。

深夜0時に始まった電話が終わったのは2時30分であった。
通話の後、わだかまりが解けてほっとした想いと、もっと早く伝えていればという後ろめたさと、仲直りをしてくれたというありがたさと、近くにいない寂しさと、その他いくつもの感情が入り混じって声を上げてその場で泣き崩れた。一旦10時に目が覚めたが、その日は疲れて食事を取る以外は布団から起き上がることができなかった。

後日、これまで疎遠になった人はいくらでもいるのに、なぜ彼にばかりこんな感情を抱いたのだろうと考えていた。そして気づいた。
彼は今まで出会った後輩の中で一番かわいかった。愛おしかった。私自身、研究や就活で忙しかったこともあり気を押し殺すように生きていたが、5年が経った今もこうした感情が消えることがなかった。

もし私たちがSNSのない世界に生まれていたら、私はこの想いを一生抱えて生きていただろう。SNSのある時代に生まれてもう一度話すことができて、心の底から良かったなと思っている。