とうとう私は、保育士を辞めて無職になってしまった。大好きだった仕事を、「うつ病」で失った。
休職している間、戻ることばかりを考えていたから、私が決めた選択が本当に合っているかは、正直分からないままだ。

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たった一枚の紙切れと引き換えに、思い出の詰まった場所を辞めたんだ。
夢中で走った園庭も、季節の移り変わりを知らせる木々たちも、私が見ることは、これで最後になった。
数年前までは、保育士を辞める選択なんて考えてもいなかったし、ずっと続けている自分を想像していた。だからもし、過去の私が今の私を見たら、ショックで倒れてしまうかもしれない。そんなくだらないことを考えながら、私は園に置いていった荷物を両手に持ち、ゆっくり歩いて車へ向かう。
エンジンをかけてしまえば、本当の別れになることを知っているから、中々かけられずにぼーっと座って時間を無駄に過ごしていた。まだ、私の中で覚悟ができていなかったのかもしれない。

「やっぱり、時間をください」って言ったら、園長は喜ぶかもしれない。同じクラスの人も喜んでくれるかもしれない。けれど四ヶ月もの間、いなくなった人間のことを喜んで受け入れてくれる環境なら、そもそも私は病気になんてなったりしなかった。
頭の中でなんとか納得させる言葉を探しながら、ようやく決心がついたように、車にエンジンをかけてそのまま家に帰った。最後の別れのはずなのに、涙は一切出ることはなかった。園長と話している時も、子どもたちと話している時も、全く涙は出なかった。

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夜になり、いつものように彼を最寄りの駅まで迎えに行きながら、「なんて声をかけてくるだろうか」と少しだけ、怖さにも似た感情を持ちながら、車の中で待っていた。
薄い上着を羽織り、肩をすくませた彼が車に乗り込み、「お疲れ様、本当によくがんばったね。そして、大きな決断をしてくれて、本当にありがとう」と手を握りながら言ったのだ。
私は一言も発することもなく、ただ真っ直ぐ前だけを見つめて車を走らせた。沈黙が重く包み込む車内の中で、私の目頭が少しずつ熱くなっていく。頬をつたう涙を感じながら、ひたすら前を見て運転していた。
彼は、その様子に気がついて、黙ってハンカチで涙を拭いてくれた。そして、拭き終わった後に「ありがとう、本当にありがとう。辛い決断をさせてしまってごめんね」とただひたすらに、感謝と謝罪を交互に繰り返した。

辞めることを何度も彼と話し合っていたし、そのことで喧嘩だってした。私の体を心配する彼の優しさに、辛く当たってしまうことだってあった。それでも、「このまま痩せていく君を見るのが辛いんだ。もう、仕事は辞めてもいいんだよ」と何度も説得をしてくれた。だから、私たち夫婦は話し合いを重ねて辞める決断をした。その負い目があるのだろうか、ただひたすら静かに涙を流す私に、心を痛めているのかもしれない。

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こんなことを言うのは、間違っているかもしれないけれど、今でも働いている人の中には、子どもをひいきする人だっているし、職員に意地悪をしたり、嫌がらせや悪口を言い続けている人だっている。そんな人たちが当たり前のように仕事ができていることに、悔しさと何とも言えない不条理さを感じてしまう。結局は、我が強くて自分の意見を押し通すほどの人じゃないと、女社会は、生き抜けないのかもしれない。
この先、まだまだ心の傷が癒えるまで時間がかかりそうだ。

いつか気持ちに整理がついた時、私はあの時のことも全て文章で書くつもりだ。
私が味わってきた思いを全て文章に込めて。
人の大切な夢を、思いを奪った代償はとても大きいことを、いつか知ってもらうためにも。
私は書き続ける必要があるのだ。そして、いつか文章を通して自分がやってきた行動を、後悔してくれたらと、今はそれを励みに書くしかないんだ。