倒れた男の子をとっさに助ける。あの日のお兄さん、お姉さんのように

薄暗い夕刻の路地で倒れ込む男の子の背中をさすり、懸命に声をかけた。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがそばにいるから」
私より半分ほどの背丈の男の子が、私の数歩手前で倒れた。
地面の上の石にひっかかり、前のめりに転んだのだった。
どうしよう。
こんなに近くで人が倒れたのを見たことがなく、悪寒が走った。
すぐに顔を上げた男の子。幸いに大きな怪我はなく、手と足を擦りむいただけなことが分かった。
「座ろう」と声をかけ、一緒に路地の隅に座った。
ほっとした。けれど、もっと大きなことが起きていたら、私はその子を助けられたのだろうか。
男の子と同い年くらいのときに、大人に助けてもらったことがあった。
今からおよそ20年前。終業式を終え、大きな荷物を両手に抱えてひとり下校をしていた。給食着の袋、鍵盤ハーモニカ、道具箱……両手いっぱい。前もって持ち帰ることができたはずなのに、要領の良さがなかったのだった。
重さに耐えきれず、案の定、転んでしまった。
起き上がれず、いくぶんうつ伏せになっていた。苦しいのに声が出なかった。
「大丈夫?!」
そんな風に、上から声が降ってきた。知らないお兄さんの声が聞こえた。
両脇を抱えられて起き上がることができ、腕に絡んだ荷物をさっそうと奪われた。
「ちょっと待ってて!」
足早に走り去り、向かいの美術大学に駆けていった。数分後、今度はお姉さんも一緒にやってきて、「紙袋持ってきたから!」と、二人で散らばった道具箱の中身を袋に詰めて、おうちの前まで運んでくれた。
とっさのあれこれに、ほとんど言葉が出なかった。怖かったとか、安心したとか、そういう感情がぐちゃぐちゃになっていた。お礼のひとことさえ言えなかった。
頭の中は整理が追いつかなかったけれど、温かい気持ちに包まれていたのは確かだった。
顔も名前もわからない。
せめてお礼のひとことぐらい伝えられれば良かったのにと、申し訳ない気持ちになった。
路地の隅に座った男の子と私。
そうだ、何かしなければと、焦る気持ちを落ち着かせながら、私は自分のカバンをあさった。
こんな時に限って、絆創膏が手元にない……。ポーチの中からウエットティッシュを見つけ、男の子の擦りむいた皮膚に当ててみた。
ポーチの底からキャンディーが出てきた。
「梅味のアメ、食べられる?」
「……うん」
男の子はうなずいて、それを口に入れた。
辺りは次第に暗くなってきた。
しばらく休んでいると、「……アメ、おいしい」と、小さな声が聞こえた。
「しょっぱくない?大丈夫?」
「うん。僕、辛いの嫌いだけど、このアメは食べられる」
「ほんと。良かった」
そんな風に話していたら、男の子が何かを思い出したように、急に立ち上がった。
「習い事いかなくちゃ」
近くのプログラミング教室に向かう途中だったようで、よく見たら、首から会員証みたいなものを下げていた。
てくてくと一緒に歩き、教室の前まで送り届けた。
別れたあと、道に並んだショーウィンドーに映る私の顔は青白かった。だいぶ着込んだ部屋着に身を包み、よりやつれて見えた。こんな怖い表情で接していたんだと考えると、さーっと血の気がひいた。
あの格好よかったお兄さんやお姉さんも、実は心の中では焦りを覚えていたのかもしれない。
きっと自分が気にするよりも、そこまで人は相手の顔を深くは見ていない……はず。男の子が私の顔をちゃんと見ていなかったらいいなあと思った。
ひとり歩きながら、この日、過去の申し訳ないという気持ちが少し晴れ、感謝の気持ちがふんわりと溢れ上がったのだった。
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