テレビをつけると連日、同じ報道がされている。見出しは大きく『保育士三人、逮捕!』だった。

私はふぅっとため息をつきながら、関連のニュースを見まくった。
15項目に分けられた虐待の数々に、キャスターは憤りを感じながら話を進めている。時折、保護者の声や説明会の様子が流れてきて、そこでは園長が頭を下げながら、保護者の怒りにのらりくらりと対応する様子が映し出されていた。

近所の人に容疑者の人物像を聞いている部分もあったり、ネットでのさまざまな意見を読んだりもした。私は心から「そこじゃない!」感がどうしても拭いきれなかった。同じ保育士として、そして同じような環境にいたからこそ、「そこじゃない」という気持ちが溢れてしまった。この世に生まれてまだ一年。その子どもたちが頼る大人が保育士しかいない中で、助けも呼べない年齢で虐待をされている状況を考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。
小さな体でどれだけの恐怖に耐えていたのか。しかし、この報道を見て心の中で怯えた保育士は、きっと全国にいるだろう。

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容疑者が行った行為自体許されるものではないが、ギリギリのラインで同じようなことをしている保育士は、いるだろう。何故なら、私はそういう状況を見てきたから。そして勇気を出して声を上げることができなかった臆病者でもあった。

過去に私が担任していたクラスの子が私に近寄って、こんなことを言った事がある。
「先生、ありがとうってよくない言葉なの?」
「どうしてそう思ったの?」そう聞くと、彼女は「だってね、給食を運んでくれてありがとうって先生に言ったら、『そんなこといちいち言わなくていいから。静かにして!』って怒られたの」と悲しそうな声で言われた事があった。

その時、ちょうど職員室に呼ばれてしまった時に、代わりに入ってくれた別の保育士が言ったのだ。私はそっと彼女を抱きしめて「そんな事ない。とても素晴らしい事だよ。きっと、今は優しい気持ちになれなかったんだね」と言うしかなかった。

他にも、ひいきをしたり、子どもによって態度を変える人も沢山見てきた。機嫌が悪ければ、同僚に当たり散らす人だっているし、思い通りにいかなければ、思い通りにいくようにする人もいる。

そして、一番の問題は園の中心的なポジションの人がそのような行動をとっているから、誰も何も言えないのだ。自分に被害が来るのが怖くて。
仕事がやりづらくなることを恐れて。

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子どもを守る事が保育士の仕事だけれど、自分の身も守らなければならない。流石に事件のような虐待とまではいかないけれど、多かれ少なかれ、子どもたちの心を傷つけてしまう場面は、本人が気づいていないだけで、起きている。

保育士の闇とも言える部分でもある、大人の事情も存在するのだ。圧倒的な人手不足、行事の多さ、仕事量の多さ、上からの圧力、理不尽なことを言われても、全てを叶えなくてはならない環境。たとえ間違ったことでも、正しい答えにしなければならない環境がそこにはあるのだ。

だから人の心は歪んでいくし、間違った方向へ進んでいても誰も止める事ができなくなってしまうのかもしれない。声を上げようとした人間は、『頭がおかしい奴』として認知され、徐々に居場所も無くしていく。現に私も、『頭のおかしい奴』として女の群れから出されてしまった1人なのだ。

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正しさとは何か、保育士とは一体なんなのか。そんな風に考えても答えは見つかることはなかった。私はエッセイを書きながらいつか、保育士さんの環境が少しでも変わって、本当の意味で子どもたちと安心して向き合える場所を作りたいと思っている。だから書き続けなければならないし、夢を叶える必要があると思っている。

私は保育士という仕事が大好きだった。
純粋に子どもたちが大好きだった。
その純粋さゆえに、気持ちを踏みにじられたり、汚されたりした。
そして最後には、私の保育士という大好きな仕事を奪われた。

あのニュースを見て「私のところも同じだ……」と思った保育士さんが一体どれだけいるのだろうか。そして、今もどこかで怖い思いをしている子どもたちがいるかもしれない。心に傷を負った子たちがいるかもしれない。

これは、簡単に解決できる問題ではないんだ。だからこそ、私はこれからも声を上げ続けていく。それが、私にできるせめてもの償いでもあるから。
正しい人が報われる世界であってほしい。そして、今回の事件で声を上げた勇気ある保育士の方が、辛い思いをされないことを心から願っています。