「二重に叶いますように」と、賽銭箱に55円入れた私の激動の一年

季節はすっかり秋から冬に変わり、外に出れば冷たい風が全身を通り抜けていく。何度も吹く風にムッとしながら、コートのポケットに手を突っ込んで歩いている。少し前までは金木犀の香りが道路を包み、懐かしさを感じていたのに。
今はショッピングモールに行けば、クリスマスとお正月のアイテムが混同し、どちらに目をやればいいか迷ってしまう。所々に飾られたクリスマスツリーを見ながら「もうすぐ今年も終わるのか」なんて、偉そうなことを言ってみる。
2022年になった瞬間、神社で手を合わせ賽銭箱に55円を入れた。そこには「二重に願いが叶いますように」という、なんとも贅沢なお願いをした気がする。
一年前に私が何をお願いして、どんな未来を想像していたのか、今となっては思い出すこともできない。ただ一つ言えることは、今の状況になっているとは全く予想していなかったということだけだった。
遠い記憶を遡ると、確か「無事に仕事が一年続けられますように」という願いをした気がする。もう一つは「今の彼と笑顔で過ごせますように」だったような気がする。
しかし、蓋を開けてみたら、私は願いに反して仕事を辞めている。神様も55円という金額では叶えたくなかったのかもしれない。願い事をしている時は本気で一年を託す思いだったけれど、あの時の情熱なんて二月あたりには消えている。だから、余計に「こいつの願いは叶えなくてもいいか」と思われたかもしれない。
そんなことを考えながら、私は2023年に向けてどんな願いをしようかと考えていた。
今年は与えられたものと失ったもの、両方ともが大きく存在していた。
生きがいと言える保育士を失い、文字通り何ヶ月もの間生きがいをなくしていた。まるで抜け殻のように燃え尽くした姿になって、誰もが心配になってしまうような姿をしていたと思う。
反対に、当時付き合っていた彼と夫婦になる選択をした。これも相当大きな選択だった。だからと言って、二人の関係が大きく変わったかといえば、付き合っていた頃とほとんど変わりはない。
けれども、幸せと不幸の差があまりにも激動すぎて、未だに心は追いつかないままだった。気持ち的にはまだ、暑さが厳しい8月くらいの感覚なのに。
今こうしてくだらないことを言っているのも、何かしら理由をつけて現実から目を背けようとしているんだ。
何より、新しい年に変わることがほんの少しだけ、いや、とても怖いのかもしれない。これだけ環境が変わると、来年はもっと良くないことが起こるのかもしれないとか、何か大きな変化があるのかもしれないとか、ありとあらゆる方向に想像も妄想も膨らんでしまう。
やっぱり私は、未だに心の整理がつかないまま、流れるように時間だけを無駄に過ごしているような気がするのだ。
きっと今年も、家族の恒例行事であるクリスマスパーティーをして、昔からずっと通っている神社で新年の挨拶をすると思う。私は懲りずに55円を握りしめて、一年分の願いを心の底からお願いするだろう。
もしかしたら、おみくじで一年分の行く末を占って一喜一憂するかもしれない。
そんな私は2023年に何を願うのか、それは未だに決まっていないんだ。ただ一つだけ思いつくとしたら「今年は、小さな幸せを感じながら大切な人たちと笑って過ごしたい」そんなお願いをしようと思う。
新たな年も順風満帆なんて無理だろうけど、せめて笑顔は絶やさず過ごせたらいいなと密かに思っているのだ。
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