10本の爪には、好きなキャラクターと綺麗な色が塗られている。人生で初めて行ったネイルサロンは、私にとって魔法をかけてくれる夢のような場所だった。

保育士をしている間は、ネイルなんて全くやってこなかった。どこか特別な用事があるとき、もしくは旅行に出かけるとき、そんな時に自分でセルフネイルを楽しんだことはあった。けれど、何か模様をつけられるほど器用じゃないし、かといって単色だけの色は正直飽きてしまう。
さらに、ネイルの面倒なところは、仕事の前日には除光液で落とさなければならないということだった。仕事終わりの金曜日に、ネイルを頑張ったとする。けれど、日曜日の夕方には遅くても落とさなければならない。やってみたものの結局は、すぐに落とさなければならないことが何よりも面倒だった。いつしかネイルをすることを止めて、日曜日には爪を深爪になるギリギリのラインで切る作業をしていたのだ。
しかし、私は知ることになる。
世の中には、爪の上でアートを施せる魔法使いがいることを。

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仕事を辞めてすぐに私は結婚式を迎えることになっていた。
結婚式1週間前に友人と会った時、「ねえ、花嫁なのに何もしてないの?」と驚きながら問いかけられた。
「え!?何かって何するの?」そう聞き返すと、「いやいや、ネイルサロンに行ったりさ、ちょっとしたエステに行ったり色々するんじゃないの?」」と、当たり前なことを聞くなよと言わんばかりの顔をして見つめられたのだ。
私は「そうか、皆そんなことをしていたんだね。早速予約するよ」と慌ててネイルサロンを予約したのだ。

担当してくれたお姉さんは、とても優しく明るそうな人だった。
こういう場所はすごく緊張してしまうから、いつも以上に早口で喋ってしまう。ネイルサロンに来る前、事前にどうして欲しいかをネットで探しながら、ひたすら迷いに迷っていた。結婚式用のネイルは、どれも私には似合わないものばかりで、正直困り果てていた。
だから、結婚式なんて考えずに「クレヨンしんちゃんが好きなので、絵を描いてください」と無理にお願いをしてしまったのだ。お姉さんは「上手に描けるかわかりませんが、頑張ってみます」と笑顔で答えてくれた。
ネイルをしてもらう工程はとても不思議で、数十分もの時間を乾かすのにかけていたセルフネイルとは打って変わって、あっという間に綺麗に仕上がっていく。まるで自分の爪じゃないみたいな姿に、どんどん魅了されていった。
時折談笑しながら、施術する姿を見学していた。

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「お疲れ様です!これで完成です」と言われた爪は、私の希望を全て詰め込んだようなネイルだった。
あまりの嬉しさに、何度も手をかざして見てしまう。キラキラした爪と推しのキャラクターと共に、出席した結婚式は、最高の思い出となった。保育士をしていたら、一生できなかったジェルネイルは、私に新たな世界を魅せてくれたのだ。

爪が綺麗になると、やたらボタンを押したくなったり、何度も爪を見たりすることが増えてしまったが、それだけ気分も上がり、前を向いて歩いている自分がいた。見た目から変えることは、殻に閉じこもりがちだった私に勇気の一歩を踏み出させてくれたのだ。

次の月も、お姉さんに推しキャラと綺麗な色のネイルをしてもらった。新しい爪もやっぱりテンションが上がり、気持ちも前を向いている、そんな気分だった。今まで出来なかったことを新たに楽しんでみるのも、私にとっては価値のある経験となった。
爪に魔法をかけてくれるお姉さんとの交流を深めながら、これからも小さなアートを感じていきたいと思うのだ。