気温は五度。薄着のパパと自転車を漕いで、諦めかけた家族になれた

大通りを抜けて、少しだけ狭い道にある理髪店。そこは夫の実家であり、私の実家にもなりつつある場所です。
初めて訪れた時、私たちはまだ恋人同士でした。気さくなお父さんと、綺麗なお母さんに出迎えられて、とても緊張しながら、数時間を過ごした思い出があります。
気分転換に行った近くの堤防はとても静かで、いつまでも穏やかに波打つ海を見ていたいと思う場所でもありました。少しだけ、石川県のじいちゃんの家の近くにある海と似ていたから、懐かしさもあったんだと思います。海を見ながら夫は歌を歌い、私は静かにその歌声を聴いていました。
あの時は緊張していた義実家も何度か訪れていくうちに慣れて、少しずつ心を許せるようになっていきました。今では義父のことをパパと呼び、義母をママと呼んでいます。夫がそう呼んでいるから自然と私も、呼ぶようになったのです。
つい最近ママは、母国のフィリピンへ自分のお母さんの介護のために、一時的に帰国をしました。空港での別れはとても寂しくて、少しだけウルッとしてしまう、そんな気持ちでした。
結婚した当初、ママは私たちの関係をよく思っておらず、きつい言葉を言ったり、夫に泣いて電話をかけてくることもありました。一人息子を奪われた、そんな気持ちだったかもしれません。
けれど結婚式を終えたあたりから、少しずつママに変化があって、私を受け入れてくれるようになりました。遊びに行くときは嬉しそうにハグをしてくれて「よくきたね」と言ってくれる。お菓子を作ってくれたり、フィリピン料理を食べさせてくれたりもしました。
やっと上手くいき始めた時に、長期の別れはなんとも言えない寂しさだけを置いていったのです。
ママが帰国した今、義実家ではパパと猫二匹が暮らしています。ママを空港に送り届けた日は、夜まで義実家で過ごしました。
嬉しそうにひたすら話し続けるパパ、たまにツッコミを入れながら話半分で聞く夫、デタラメな話もついつい真剣に聞いてしまう私。それでも嬉しそうに昔のことを語るパパの姿を見て、「やっぱり一人で家に居るのは寂しいんだな」とつい考えてしまう。
その日の夜、私たち三人はパパと夫の行きつけの中華料理店へ行くことになりました。それも気温五度という真冬の中、自転車を漕いで。
久しぶりに乗った自転車に、縦一列で並びながら走る私たち。その姿は、まさに青春映画さながらでした。先頭を風を切るように走る夫。マフラーをぐるぐる巻きにしながら、パパに貸してもらった帽子を被って走る私。寒い寒いと言いながら、一番薄着で自転車を漕ぐパパ。
大人三人が真冬の夜に自転車を漕ぐなんて、なんだか不思議な気分だと思ったけれど、それ以上に幸せな気持ちになったのです。ようやく家族の一人として受け入れられたことが、すごく伝わってきたから。この日食べた中華の味は、あまり覚えていないけれど、自転車を漕ぎながら全身を覆うような風の冷たさは、鮮明に覚えています。
結婚してすぐの頃、こんな風に仲良くなれると思っていませんでした。どこかできっと歩み寄ることはできない、そう諦めていた部分があったから。
ただ、パパもママも人間だからその時の感情で動いてしまうことがある。時には傷つくような行動があるのも、お互い様なのかもしれません。
私たちの関係は始まったばかりです。この先、またぶつかる時が来るかもしれない。そんな時は、私から一歩踏み出して歩み寄ってみようと思うのです。
ママがハグしてくれた日のことを思い出して。パパと一緒に自転車で駆け抜けた日のことを思い出して。
少し変わった新たな「カゾクノカタチ」を、一緒に探しながら。
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