幻の作文「パンツの名付け親」。猛反対した母親はゴーストライターに

小学校二年生の時、私は生活作文で佳作を取ったことがあります。この時から文章を書くことに興味があり、私自身も賞を取れたことを誇らしく思いたかったのですが、なぜそう思えなかったのか。
それは、母というゴーストライターのおかげという、なんとも格好悪い理由があったからです。
夏休みの宿題の中に、生活作文がありました。沢山のプリントや冊子の中に、原稿用紙も入っていて、話を聞きながらもう既に、作文をどんな内容で書くかを決めていました。心の中で「あれしかない!」と、直感で思ったから。
そのタイトルこそ『お母さんはパンツの名付け親』というものでした。
私の母はそれぞれのパンツに名前をつける癖があります。当時履いていたパンツの後ろには、蝶の絵と英語で「enjoy」と書いてあるお気に入りのパンツがありました。そのパンツを畳むたびに母は、「バタフライとenjoyを今から畳みまーす」と勝手に名前を付けて、パンツを畳む宣言をしていたのです。
私のパンツを持ちながら嬉しそうにする母に、「パンツで笑えるなんて幸せな人だな」と少し冷ややかに見ていた記憶があります。
また、パンツの畳み方にもこだわりがあり、パンツのシワを丁寧に広げながら、どうやったら綺麗に畳めるかを一から教えてくれました。「教えてください」なんて言ったことはないけれど、パンツに並々ならぬこだわりを見せるのです。
まだまだ続く母のパンツへの想いは他にもありました。それは、洗い立てのパンツを「ピカピカパンツ」と呼び、脱ぎたてのパンツは「クサパンツ」と呼ぶこと。当時は、その呼び方が嫌いで喧嘩をしたことも何度もありました。
そんな変わった母のこだわり的な部分を文章にしたら面白いと思い、書きたいと思ったのです。帰宅してすぐに、もらった原稿用紙を重ねてタイトルを書きました。
そこから一心不乱に日常で起きているパンツのエピソードを書いていく。途中で何度も書き直しをするから、ところどころ消しゴムで消した後が、滲んで汚くなってしまいました。
書いては消して、また書いての繰り返し。
この話を書かないと、私の中で収まりがつかない。そんな気持ちで、夢中で書いていました。どれだけの間、机に向かっていたのかも忘れるくらい。
書き終えた後、達成感と解放感を味わい、右手についた鉛筆の跡さえも勲章のように誇らしく思いました。「今すぐにでも、家族に読んであげたい」と、部屋を飛び出しリビングにいた家族に「作文を書いたから聞いてて!」と、朗読会さながらの雰囲気を出しながら、私の音読はスタートしていきます。
読み終えたあと、父と弟から盛大な拍手をもらい、私の心はさらに高揚していく。「やっぱりこのネタは、書いて正解だったんだ」と心の底から思いました。
しかし、ただ1人、不満を漏らす人物がいました。この和やかな雰囲気をぶち壊してきた人物が。
「お母さんは、嫌です。恥ずかしいよ!書き直しをお願いします」と猛反対してきたのです。
私、父、弟は「なんで!?」と声を揃えて言いましたが、何やかんや理由をつけて拒否をされました。パンツの名付け親が嫌だという以上、強行突破をすることが出来ませんでした。
書きたい話が書けなくなった今、あれだけあった情熱は一気に冷めてしまい、「もう書く内容なんてないよ」と言うと、「お母さんも一緒に考えるから」と、ゴーストライターとの契約が成立。そして『お母さんはパンツの名付け親』改め、『一番がいいな』というタイトルに変わりました。
内容は、弟ができたばかりの頃、弟に母を取られたことが不安になった私は「お母さんに誰が一番好き?」と聞くと「あなただよ。内緒ね」とこっそり言ってくれて嬉しい気持ちになったという、ありきたりなハートフル系の話にシフトチェンジされてしまったのです。
私の作文はゴーストライターのおかげもあり、佳作に入るという本人的には実に不名誉な賞をもらいました。
子どもながらに誓ったのです。「いつか、また文章を書く機会があったら、絶対書いてやろう」と。そして、数十年後に私は文章を書く活動を始めました。
今回のテーマが「文章を書くということ」だったので、長年のリベンジができる、そう思ったのです。
こんな昔の話を、母はとっくに忘れているかもしれませんが、私の中では、かなり記憶に残ったエピソードでした。ようやく、リベンジができたことを嬉しく思うと同時に、「やっぱりパンツの話は書かなくてよかったのかもしれない」と思う気持ちもあります。いつか、ゴーストライターの力を借りずに、賞を取る日が来ることを夢に見て、今後も書き続けていこうと思います。
ちなみに、今でもお母さんはパンツの名付け親です。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。