私たち家族を一つにしてくれた、SASUKEに伝えたい熱い想い

私の家は、毎年SASUKEを見るのが恒例です。
子どもの頃から弟はSASUKEに出たくて、テレビに出てくる一般の人だけどヒーローのような存在に憧れていました。2歳の頃から壁を登ったり、トレーニングの真似をしたりしながら、いつかSASUKEに出ることを家族全員が夢にみていました。家族全員、むしろ親戚までもが期待をしていました。
一度だけSASUKEの姉妹番組だったバイキングという番組に、弟と父は出場したこともあります。親子で参加する形のものに出ましたが、結局はファーストステージをクリアすることはできませんでした。あの時の、弟の涙と悔しさに満ちた表情は、数十年経った今でも忘れることは出来ません。あまりの悔しさに、目に涙を溜めながら堪える姿はなんとも言えない気持ちになりました。
あの悔しさを次に生かすために、父は自宅の庭にSASUKEセットを作り、未来の弟の姿を想像しながら、時には一緒に練習に付き合う姿も見られました。「夢はSASUKE完全制覇」とまで掲げるほど、夢中になっていたのです。
さあ、全ての期待を背負い、日々夢の頂に登ることだけを夢見ていた少年は、一体どうなったのか。
弟は高校生あたりになった頃から、SASUKEに出場する夢を捨てました。家族や親戚にいくら言われても「俺は出ない」その一点張りを貫いて。大人になった今、トレーニングをするわけでもなく、ただただ一人の視聴者としてSASUKEを観ています。
しかし、目の奥にある輝きを失っているような感じではないけれど、怪物のような選手ばかりを見て、諦める選択をしたのでしょうか。
何故私がこのようなエッセイを書こうと思ったのか。それは、今年の年末に放送されたSASUKEは、大会開始から40周年を迎え、弟が憧れた英雄たちがほとんど出ていました。
最強の漁師の長野誠さん、ケイン・コスギさん、ミスターSASUKEの山田勝己さん、毛蟹の秋山さん。錚々たるメンバーは弟の憧れであり、英雄だった。その人たちの勇姿を見るために、家族四人が揃ってテレビに釘付けになったのです。
私は正直、そこまで興味は持っていませんでしたが、今までずっと見てきたかつての英雄たちの復活の姿に、携帯を触ることもせず、他ごとをするわけでもなく、家族と一緒に応援をしていました。ファーストステージをクリアした時には、家族全員が拍手をして喜びました。落ちてしまった選手を見て「ああああああああ」と頭を抱えて落胆しました。
結婚した私は、今や嫁に行った人間であり、少しだけ家族とは別の距離感の場所にいる。そんな感覚になることもありました。けれどもこの日だけは、思い出したんです。
家族が団結しながら、弟の夢を追いかけるために一緒になって応援していた頃のこと。時折、両親は「お前もSASUKEに挑戦しろよ」と何度もしつこく言っていましたが、「俺はもうしない、引退したんだ」なんて一丁前なことを言っていました。彼の中では、もう挑戦できるほどの力がないことも、ファーストステージがクリア出来ないことも分かっているのでしょう。
少し変わった家族の形だけれど、「これが私の家なんだ。昔から変わらない家族の形なんだ」と思うと、なんだか嬉しい気持ちになりました。
私は、スポーツ観戦なども興味がなく、ここ最近は、胸を熱くさせる体験も、手に汗握るシチュエーションもありませんでした。SASUKEが家族を繋いでくれる、そんな気持ちになりながら、必死に応援をしました。本音を言えば、弟が出場する姿を見てみたかったなと思います。
夢の頂へ一心不乱に立ち向かう姿を。
SASUKEに出場した全ての選手たちに、尊敬と敬意を持って大きな拍手を贈りたいと思います。そして伝わることはないけれど、「私たち家族を一つにしてくれてありがとう」と伝えたいと思いました。
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