特集:寒かった「あの日」に

「夢を追わせてほしい」と言った彼。別れてよかったと、今は思う

寒かった「あの日」に

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ちょうどこの時期くらいだっただろうか。何度も何度も引きずり続けた関係に、終止符を打つ決意をしたのは。
決意が固く、もう私の元へと戻る事もない彼の声を、ただただ受け止めるしかなかった。好きだという気持ちだけでは、どうしようも出来ないことがあった。どれだけ相手に合わせて自分を押し殺したところで、上手くいかないこともわかっていた。
それなのに、何度も引き留めてしまったんだ。
「もう少し、一緒にいてよ。結婚なんてしなくていいから、ただ隣にいさせてくれるだけでいいから。それ以外は、もう何も、何も望まないから……」
そうやって、何度も自分の心に嘘をついた。彼が私のことを好きでいてくれることに、微かな希望を持っていた。
「この先どれだけ時間がかかっても、きっと二人なら一緒にいられる。それくらい好きだから」
そう思っていた。けれども、現実は上手くいくことなんてなくて、彼は淡々と夢を語り、私との未来を捨てようとしていたんだ。沢山の思い出も忘れ去ろうとしていることも、声を聞けばどうやったって分かってしまう。
それが一番辛かった。

◎          ◎

ほんの数ヶ月前までは「いつか結婚しようね」と話していたのに。
「君といつまでも一緒にいられたら幸せなのに」そう言ってくれたのに。
何より「心から愛しているよ」と言ってくれたのに。その言葉を私は信じていたのに。
彼だけは、私の本当の姿をわかってくれていると。彼が私の運命の人なんだと、本気で思っていた。

けれども電話越しで言われている言葉は、全て正反対のことばかりだった。
「君と一緒にはいられない。もう、自分のために生きていきたいんだ。夢を持ち始めてから10年。君と出会うまでは、そのことしか考えていなかった。
この先も一緒にいたいと思う気持ちがないわけじゃない。ただ、俺の夢を諦める決心もつかない。沢山考えた末に決めたことなんだ。俺と別れてほしい。夢を追わせてほしい」
そう静かに淡々と話して。外は、みぞれ混じりの雨が降り始めていたけれど、無意識に外に出て、イヤホン越しに声を聞いていた。何度も手を擦りながら、時には白い息とため息が混じりながら、私は涙を流すしかなかった。

◎          ◎

言いたくもない言葉が、次から次へと出てしまう。こんなことを言ったら嫌われるってわかっていたのに。
「結婚しようって言ってくれたのは、嘘だったの?ずっと一緒にいようって言ったのは、嘘だったの?私のことは、もう好きじゃないの……」
そう責めるしかなかった。
彼に本当の優しさがあったのなら、いっそのこと「嫌いになった」と言ってくれた方が楽だった。中途半端に「君のことは好きだけど」なんて言うから、私はいつまでも期待をし続けてしまった。

けれども別れ話をしていた彼は、泣いて震えていた私の声を聞いても優しい言葉をかけることはしなかった。ただ「ごめんね、夢を追いかけさせてほしい」それだけを言い続けた。
最後の望みをかけて「私と夢、どちらを選ぶの」と聞いた時には、彼は迷わず「夢かな」と答え、私たちの関係は終わりを迎えてしまった。

冷たい風が寂しさをさらに膨らませていく。みぞれまじりの雨がいつの間にか雪に変わっていたけれど、私は傘もささずに、冷たい空気を感じながらひたすら泣いた。もう、戻ることがないと分かっていたから。もう、会えないことも分かっていたから。
ただ、最後に会って話がしたかった。彼の言葉を、本当の声を直接会って聞きたかった。
そうすれば、傷ついたとしても諦めることが出来たのかもしれない。
それももう、叶うことはないと分かった今、ただただ泣くしか出来なかった。

◎          ◎

あれからもう何年も月日は経ってしまった。彼が今どこで何をしているのかは、全く分からない。
もしも、心の底から彼の夢を応援できていたら、彼と歩む人生もあったのかもしれない。けれど、あの時別れていてよかったと思うようになっていた。
当時の私は、彼の夢を理解していないまま、「ただ一緒にいたい」という気持ちだけで過ごしていたから。あのまま続けていても、お互い幸せになれることはなかったのだろう。「これでよかったんだ」そう思えるようになったのも、私が大人になったおかげなのかもしれない。

私の冬の思い出は悲しいことばかりだったけど、彼と付き合って別れたからこそ、今の私がいる。あの時の辛い経験を乗り越えて、大失恋を経験したからこそ、愛してもらえることの大切さに、気づき始めたのかもしれない。
誰だって大きな失恋を経験したことがあるだろう。誰にも言えないような傷を抱えながら、なんとか前を向いて歩いていこうとしている人もいるのかもしれない。
私だってそうだった。
ただ、いつの日か必ず愛してくれる人が現れるはずだから。
だって、人を愛することが出来る人は、きっとまた誰かを愛していくことが出来るから。そして、必ずその愛に応えてくれる人がいることを忘れないでほしい。

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