入社したばかりの桜の季節。好きな人への恋心は儚く消えた

本当は「好きです」と伝えたかった。
喉元まで声が出かかっていたけれど、振られることが分かったから、言えなかった。
気持ちを伝えていたら、未来は変わっていたのだろうか?
数年前の桜が舞う季節。私は花びらが消えるまでの数週間、一瞬の恋をした。
私は大学を卒業したあとの数年間、降雪の多い地域に住んでいた。 入社した会社の本社がその地域にあったからだった。
研修は本社内で行われ、何十人もの同期が集まった。 ものすごく緊張して、初日は全然話せなかった。すでに仲良くなっている人たちを見て、うらましく、ただ見守るだけだった。
翌日からグループワークが開かれて、周りの人たちと自然と交流できる機会ができた。「私も初めて暮らす場所で、緊張している」と話す、同じ境遇の仲間を何人か見つけた。距離を感じていた人たちとも少しずつ親しくなれて、緊張が解けていった。
その頃に知り合ったのが、冒頭の好きになった人だった。 彼はここの地域で生まれ育って、学生時代、この会社でアルバイトをしていたという。落ち着いた印象に見えた。
研修中、同じグループで作業する機会があって、話してみたら見た目より話しやすくて、優しかった。しかし、内面は見えず、掴みどころがない。
決して前に出るわけでないけれど、さりげなく周りをフォローしている姿に目が引き寄せられていた。
何人かで研修帰りにごはんに行く機会があって、いろいろ話してみたけれど、彼の考えていることは余計に掴めなかった。
なんで入社したのか明確な理由も分からなかったし、アルバイトしていたから、少なくとも会社の内容に興味があって、やりたいことがあったんだろうとは思う。
ある日、シックな皮のブックカバーに包まれた一冊の本が彼のバッグから顔を出していた。本が好きなんだなあ、モノを大切にする人なのかもしれないと、ほんの少し内面が伺えた気がした。
そして私はある日、行動に出ることにした。
研修も終わる時期、彼に声をかけ、二人になれるタイミングを探そうとした。配属先が違ったから、離れる前に、彼の気持ちを知りたかった。
「少し仕事で聞きたいことがあって」と勇気を出し、できるだけ怪しまれないように声をかけた。
「この仕事うまくできるかなあ。大丈夫かなあ」「なんとかなるんじゃない」
私たちはたわいもない話をしながら、公園のベンチに座って話していた。 思い切って私は、「彼女いるの?」と聞いてみた。
少し時間が空いて、彼は私に言った。
「今はいないけど...... 仕事がんばりたいから、当分は必要ないかもしれないなあ」
たぶん、きっと、私が小さな恋心を向けていたことには気がついていたと思う。
「そっか、そうだよね。私も仕事がんばんなきゃだー」
私は「色々と教えてくれてありがとう」と明るく伝え、彼は「うん、こちらこそ」と、少し切なそうな顔をして言葉を返した。
この街には恋愛しに来てたのでなく、仕事しにやって来たのだったと、私は現実に戻った。
彼とは住む場所が離れていたから、それから会うことはなかった。仕事の内容が似ていたから、ときどきラインのメッセージで「やりとりしていた。
たとえば、「仕事どう?」と私が尋ねると、答えはいつも短文だけれど、彼の言葉にはトゲがなかった。 本をたくさん読んで、学生時代からさまざまな文字に触れてきたから、言葉を慎重に選ぶ人だったのかもしれない。
周りの変化によく気づく人だった。だからあの日、私の気持ちを傷つけないよう、言葉を伝えてくれたんだと思う。そう、解釈している。
私は決して文章力も表現力も豊かではない。多彩な言葉に触れ、身につけることで、書けること、話せることの幅が広がる。誰かの想いに寄り添えるのかもしれないし、新たな出会いが生まれるのかもしれなかった。
生きていく中で少しずつ気がつき、知っていった。
私は今はその会社を辞めていて、以来、彼とは疎遠になってしまった。もう何年も時は過ぎていて、それぞれ別の場所で生きていて、お互い違う出会いや生き方があって、今を歩んでいる。
伝えたかった想いを、溶けていく雪と一緒に流したあの日。
春の陽気を迎えると、私は切なく、懐かしくなるのであった。
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