膨らんでいく胸が忌々しく思えてしまう。
走るたびに揺れることが、嫌悪感でしかなくなる。
私の体で何が起こっているのか、理解できないまま見た目はどんどん変化しようとしていた。誰かに見られているようで、変化に気づかれているようで耐えられなかった。どんどん私の体が女性になりつつあることが。

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小さい頃は、可愛らしい服が大好きだった。フリルがついた服、ピンクや赤。当時は女の子の象徴とも言える色が好きだった。

ただ、私が体に疑問を持つきっかけになってしまったのは、同級生に「ぶりっ子」と言われた時からだろう。突然の言葉に、ひどく傷つき女の子としての自分を捨てた。ズボンばかりを好んで、暗い色を着るようになった。「女の子として生きている自分は気持ちが悪くて、醜い存在なんだ」って何度も言い聞かせてきた。

その癖は、もう一人の私を作り出し、歩き方から言葉遣いまで男の子のようになっていった。それでもどこかでプリンセスに憧れていたり、明るくて可愛らしい色が目につくと、ついつい手に取ってしまったり。

そんな時は自分に言い聞かせるんだ。「可愛い女の子にはなれないんだから、いつまでそんな物を好きでいるつもり?」って。
いつしか可愛いものが好きだったことなんか忘れて、どんどん男らしい見た目を求めた。「これが私の本当の姿だったんだ」と理解することに時間はあまりかからなかったかもしれない。

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中学二年生の春、私は体の異変を感じていた。今までなかった胸の膨らみ、女性らしい体型に違和感を感じ始めていた。「私は男の子のように振る舞うべきなのに、見た目が変わってしまったら、また醜い自分に戻ってしまう」と。

この辺りから、心と体の解離が始まっていたのかもしれない。今までは、言われていた言葉に縛られて偽りの姿を作っていた。けれども、今の気持ちは複雑だった。過去に戻ることを恐れている部分と、本当に変わってしまった体に対する嫌悪感。私は女性らしくなることを、この頃からとても嫌うようになった。

どうして女性だからといって、ブラジャーをつけなければならないのか。何かにつけて、男性と女性に区分されることも嫌悪感しかなかった。その二択しかないこと自体、理解に苦しんだ。
ただ、まだ子どもだったから色々考えることはあっても口に出すこともなかったし、誰かに話すこともなかった。私が感じているものが他の人と違っていたとしたら、それを考えるだけで怖くて言葉にできなかった。

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そんな悶々とする日々はあっという間に過ぎていき、高校生、大学生、社会人と過ぎていく。その中で、もちろん男性としか交際はしたことはないし、女性が好きという感情があったわけではない。ただ、女性特有の体つきをどれだけ頑張って受け入れようとしても、好きになることはなかった。思春期の頃なんかは、変わっていく見た目がどうしても受け入れられず、ブラジャーではなく、晒しのような物を巻いて学校に行っていた時もあった。

それも、私なりの変化に対する抵抗だったと思う。そして大人になった私は、ますます男性的な見た目になっていく。無意識に体のラインが分からない服を着て、中性的な姿を好むようになった。

それでも恋人ができると、彼らが求める理想の彼女になりきった。好きでもない服を着て女性らしく振る舞うように言われたこともあった。

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それが何より、辛くてたまらなかった。全く別人にさせられている気分だったから。
「スカートを履いてほしい」「髪の毛を伸ばしてほしい」「もっと女らしい格好をしてほしい」と何度も人が変わるたびに言われてきた。結局彼らは、私ではなく女性らしい理想の姿を求めていたんだ。

言われている間必死に答えようとしたけれど、何一つ楽しくもなければ自分に嘘をついているみたいで、辛かった。そして彼らは「やっぱりなんか違う」そう言って、理想通りの女性の元へと去っていった。そして別れた途端、反動でボーイッシュさは加速していった。

昔から女だから、男だからと性別に区分されることに違和感があったのかもしれない。そのきっかけがたまたま同級生の言葉だったのかもしれない。その中でもなんとなくの生きずらさや、「どうして選択肢が二つしかないんだろう」と考える機会も多くあった。それが、たまたま自分の見た目に対する嫌悪感だったのだ。

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そして今、私は男性と結婚をした。夫は「自分はパンセクシャル(全性愛者)なんだ」と、付き合ってすぐの頃に教えてくれた。
夫と出会ってからは、自分の見た目に対して強く否定的な考えを持つことは少なくなった。それは中性的なファションだろうが、男性的なファションだろうが、私という人間を受け入れてくれたからだろう。

夫婦で買い物やデートに出かけると、誤解されることもある。時には心ない言葉が聞こえてくることもある。
「あの人たちって、男同士?なに?」みたいな笑い声も聞こえてくることもある。

それでも、私たちは気にせずデートを楽しんでいる。
誰かの顔色をうかがいながら、好きでもない姿に身を包む方がよっぽど不健康だから。
夫はいつも口癖のように言っている言葉がある。
「どんな姿でも、あなたがあなたでいることが一番大切なんだ」と。