私は、思考することが多いと思う。それは、内に秘めるもの。ぐるぐると巡るもの。ぽっと浮かぶもの。何にせよ、それを私の身体の外に出すということは少ない。
素直に思考を言葉にすると、どうなるだろう。飛行機が揺れたとき、臓器が上がるようなひゅっとするあの感覚に近い。どこかで心がすくむのだ。

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実はこの度、とても久しぶりに彼氏ができた。
恋愛ソングの歌詞を読んで頭の中で思い出を反芻し、沁み入る。それくらいには彼を重ねている。私は私で、好きなつもりだ。
ところが、時々彼は不安と寂しさと何やらがごちゃ混ぜになったような顔をする。「好き?」と聞いてくる。好きだよ、私はそう言っているつもりだ。なのに、どこかその言葉は私達の間で空中分解するような、そんな感覚が離れない。当たり前に彼の顔は曇ったままで。
なぜだろう、どうしたらいい、こんなとき、恋人がいる人はどうしてるんだ?
彼の「好き」は、空中でばらばらにならず、すとんと入ってくるのに。彼は、私と正反対だ。

思っていることを伝える力がある人。何てったって、出会って間もない私に告白した。
間もないんだ、振られる可能性の方が高い。告白されたことよりも、その行動にぱちくりと目を見開いたのを覚えている。
すくまないのか?飛行機に乗ってない感じ?でも違った。彼からは緊張がびしばしと伝わってきたから。泳ぐ目、力の入った肩。それでも、リュックの紐を握りしめながら、真っ直ぐにこちらに伝えようとしてくれた。
あの瞬間に、私は彼に憧れ、惹かれたんだ。恐れながらも、自分の思いを伝える姿が眩しくて。

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そんな彼を傷つけているのかもしれないと思うと、頭を抱えてしまう。私ばかり届いた言葉にふんわりと包まれておいて。
けれど、その場ですっと言葉にすることは難しい。巡り浮かぶ思いを、まずは下書きさせて。そんな怖気付いたような思いから、彼の家にあった正方形の付箋をちょいと拝借した私。文章を書くことを初めて選んだ。

ひゅっ来た、飛行機の感覚だ。
まとまらない、そう気付いた私はまずは下書きさ、と徒然なるままに浮かぶ思いを書いてみた。そこからまとめるつもりで。
だがどうだ、珍しい、と言っても過言ではないくらい身体の外に文字として出た私の思考は、思いは、まとまらなさが寧ろ味を出している。大勢が言う、好きではなく、私が言う、あっちこっち飛躍しがちな、好きだ。
身体の外に出てきた文章を見て、私は自分の思いに改めて気がついた。
そりゃ、好きだよ、じゃあ伝わらないだろう。

そういえば、友達にすら思っていることを勇気を出して伝えたことってなかったなあ。どうやら恋人がいるかどうか、の問題ではなかったらしい。
声の前に文章にするだけでも、私の言葉になった。下書きのつもりだったが、彼の家に付箋を残したくなってしまった。

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帰宅した彼から着信が1つ。嬉しそうな声が耳を包んだ。
私の文章は、言葉は、初めてかもしれない、彼に届いたらしい。癖のある字も、私という感じがしたそうな。そんな感想を言ってくれるところが、私を見てくれているんだと感じて、胸が温かい。

彼を笑顔にするのは、整理された綺麗な言葉じゃなかった。普段私の中をぐるぐる回る言葉をカリカリと置いてみる。それだけでも随分違うんだな。
いつの間にか私の飛行機は乱高下する気流の中にはおらず、穏やかに空を眺めている。それどころか着陸して、今度はのんびり舟に乗りませんか?まるでそう言われた気分だ。
きっと私はこう言う。ああ助けられた。ほっと肩を撫で下ろして。これが、私と文章との出会い。

ただ、彼のように、ラブソングのように、伝えたいことをそのまま、声で相手に届けることはハードルがまだまだ高そうだ。そんな私にとって、文章を書くことはすくむ心を、背中をさすってくれるようなもの。
実はお気に入りの付箋を買ってみた。猫の形。しっぽの部分が細長くて1番長く書ける。自ら、まとまらない形を選んでいるみたいで、ふふ、と笑いがこぼれた。
私だけの不器用な言葉を、猫が彩ってくれるだろう。