今の幸せが怖くてたまらない。
いつか、いつか壊れてしまいそうな気がして……。

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夫と出会わなければ、私の未来は決まっていました。口に出すのも恐ろしいけれど、正直、将来に希望なんてありませんでした。
毎日仕事に追われる日々に嫌気がさしていたし、勝手な人たちの相手をすることにもうんざりしてしまうくらいでした。八つ当たりをされることもあるし、嫌な仕事を「任せる」という言葉で押し付けられたり。平和に過ごしたいだけなのに、揉め事に巻き込まれていました。「こんな生活ばかり送っていたら、そりゃうんざりもするよ」とついつい愚痴っぽくなってしまうくらいでした。

恋愛だって付き合うかどうかの駆け引きを楽しむだけで、将来が見えてくるわけではありませんでした。長くて一年、短くて三ヶ月。相手を変えて、自分を偽って一体何が楽しいのかさえ分かりませんでした。とにかくうんざりしていたのです。
何一つ恵まれていない環境に。
そして自分の人の見る目のなさに。
「もう、一生このままなら長生きしたって仕方ない」そんなことまで考えるようになりました。

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どこかの誰かがネットで言っていました。「ある国では、安楽死ができる」と。
ただ安楽死をするには沢山の条件があります。命を終わらせたいだけでは、出来ません。難病だったり、余命宣告をされていたり、特別な理由がないともちろん出来ません。
そして海外での安楽死だから、相当なお金もかかってきます。
「そうだ、安楽死をするためにお金を貯めればいいんだ」
そんなことを考え始めたのが、ちょうど四年前でした。

私がうつ病を発症し、栄養失調と摂食障害になり始めた頃。原因もわからずどんどん痩せていく体は、見ていて痛々しかったと思います。それに、両親も「ご飯食べてる?最近痩せすぎなんじゃない?」と心配してくれました。確かに私の身長からは考えられないくらい、細くなっていました。

でも怖かったのです。少しでも太ってしまったら、付き合っていた彼は私のもとを離れてしまうかもって。そして何より、このまま倒れてしまえば仕事もやめられるかもって。きっと極限まで頑張りすぎてしまったのでしょう。
だから私は、命に見切りをつけました。「六十歳になったらきっと医療も発達して、安楽死の制度もよくなるんじゃないか」って。他人任せだけど、そんな悲しいところに希望を持つようになりました。いつしか六十歳まで頑張ろうというのが、私の目標となり、皮肉なことに生きる糧にもなってしまったのです。

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そんな生活が四年もの間、続きました。精神的にも肉体的にもボロボロだった私と出会ったのが、夫です。
きっと出会った頃の私は不健康そのものだったから、夫も密かに心配してくれていたと思います。けれども夫は、こんな見た目でも私を愛してくれました。私という人間を見てくれました。初めてだったのです。ハリボテだらけの理想の姿を演じた私ではなく、ありのままの格好悪い私を愛してくれた人は。

だから結婚したいと思いました。彼となら、少しでも長く生きてみたいと思えたのです。

ただ、簡単な道のりではありませんでした。沢山夫を傷つけてしまったり、悲しませたりしてきました。時には、わざと距離をとって離れようとした時もありました。それでもそばにいてくれました。人生でこんなに幸せを感じたことは、今までありません。もっと沢山一緒にいたいと思ったこともありません。

だからこそ、怖いのです。
幸せになったことがないから。
幸せを感じたことが少なすぎたから。
いつか、過去の私が通ってきてしまった道のように、崩れてしまいそうで・・・。
いつか、どこかへ行ってしまわないか。あれだけ死に対してなんの躊躇も恐怖心もなかった私が、今一番恐れているのです。

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人の命には限りがあり、どれだけ大切な人でもいつか別れが来てしまいます。夫と出会って初めて抱いた感情なのかもしれません。

命に限りがあるからこそ、毎日を一生懸命生きようなんていう言葉もありますが、いっそのこと、限りなんてなければいいのにと思ってしまいます。それは、とても贅沢な悩みだということもわかっています。
ただこの先、私のことを真剣に考えてくれる人と出会うことはないと思います。

今の私には、遠くの未来のことを考えられるほどの余裕は正直ありません。ただただ「今日も一日生きて帰ってきてね」と願うことしか出来ないのです。
幸せの後には、大きな不幸がやってくる。
それが私の人生でした。
この生活に少しでも幸せを感じているからこそ、大きな不幸が来ないことだけを考えています。
そして何より、夫が今日も無事に帰ってきてくれることを妻として、願うばかりです。