元彼から届いたメッセージは、誰かに決められたようなタイミングだった。

2:37「渡したいものがあって、外にいます。」
2:46「ドアノブにかけておきました。」

3ヶ月前に別れた元彼からのメッセージだった。
寝ていた私は、朝8時にこのメッセージを確認し、玄関を開いた。ドアノブにひっかけてある袋を回収する。
もうあげたと思って、ないものとしていた古着のジャンバーと、貸したことも忘れていたDVDが入っていた。

瞬発的に、彼は引っ越すのだ、とわかった。
別れる前から引越し先を探していた彼は、やっと本当に引っ越すのだろう。それできっと、いらないものを返しにきた。
最後にひとことふたこと、交わしてみようとも思っていたのかもしれない。

彼がこの玄関まで来たのだ、と思うと、明日粗大ゴミ回収を頼んでいる彼用だった布団のセットを、まだアパートのゴミ捨て場に出していなくてよかった、と思った。
彼が見てしまったら、傷付いたかも、と。

お互いの物を整理するという意味での「終わり」がほぼ同時だったこと。
昨日「なんとなく」スマートフォンをマナーモードにしたまま眠ったこと。
この世で起こる事柄のタイミングは、本当に誰かに仕組まれているみたいだ。

返ってきたお気に入りたちが、”過去の出来事だ”と教えてくれた。

ちょうど今日、粗大ゴミにシールを貼って外へ出し、暖かくて大好きだった古着のジャンバーの代わりになるものを、高円寺に探しに行こうとしていた。
思いがけず返ってきたお気に入りのお洋服に、「ラッキー」と言葉がこぼれる。

あ、わたし、そんな風に思えるくらいにはもう回復してるんじゃん。

なんて思った。
一瞬、今年の冬に彼と2人で着倒したジャンバーなんて、捨てるべきなんじゃないか。と考えた。
でも、彼と付き合うよりずっと前から持っていた“お気に入り”への思いが勝る。このまま使おう。
なによりまず、このお洋服を見た時に、感傷的な気持ちは一切湧いてこなかった。

恐らく彼は観ていないであろうDVDを、「そう言えばこの映画大好きだった」と、自分で観てみることにした。

「ニュー・イヤーズ・イヴ」は、たくさんの主人公がいるオムニバス形式のストーリーだ。
新年を迎えるまでの、様々な人々のドラマが描かれている。
別れや出会い、終わりと始まりが交差する。

びっくりするほど、過去を振り返り、新しい生活を始めるのにピッタリな映画だった。

ふとした時に感じるゆるやかな気持ちの変化は、案外悪くない

彼も、観ていればいいのに、と思った。
この映画、すごく、今のあなたにピッタリだよ、と。
私たちは登場人物のように結ばれるカップルにはなれないし、私はあなたのしたことを許してはあげられない。でもきっと、あなたの今までのあの6畳間での生活も、これからの新しい部屋での生活も、肯定して応援してくれる映画だよ、と思った。

布団セットが置かれていた廊下が、それがなくなったことによってものすごく広くなった。
ああ、私の部屋はこんなに広く、歩きやすかったのか、と気づいたら嬉しかった。
明日からもっと生活しやすくなる。この部屋がもっと好きになる。彼を思い出してももう苦しくない。
それがわかって安心した。

もうすっかり寒くなった。
別れや出会い、終わりと始まりが入り混じる季節が来る。
過ぎ去った景色のうちのひとつ、というにはまだまだ濃い。
けれど、お互いがお互いの「唯一」だった頃から、「たくさんの出来事の一部」にゆるやかに変わっていくのは、案外、悪いものではないかもしれない。