会社で結婚報告する私に飛んできた言葉は
「おっさんに遊ばれてデキちゃった?」
「既婚者と不倫からの略奪?」
「ベテランのセックスにハマった?」
だった。

たまたま好きになった人が、私より12年早く生まれていただけ。それだけなのに、12歳差の結婚は会社の人達にとって[ふつう]ではないと判断された。同期が同世代の彼氏と結婚報告した時は「おめでとう」に包まれていたのに。

見当外れな言葉に傷つくまいと歯を食いしばったけど、どうにも悲しくて、悔しかった。

(早くいつも通り「やだー面白いー!」って笑ってあげなきゃ)
焦る私と

(いや、傷つかないフリをしてへらへら笑う自分はもう嫌だ。「全部違います。出会って、交際して、お互いが結婚したいと思ったから結婚します」って言おう)
憤る私と

2人の私が頭の中で叫んでいた。

深呼吸をして、私は笑顔で宣言した。

「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。ふつうの結婚です」

途端に周りが「なんだ安心したよーお幸せにねー」と祝福ムードになりそのまま別の話題になった。

一気に力が抜け座り込んだ瞬間、私は気づいてしまった。

[ふつうの結婚]って何だ。

あの場を納得させる為に[ふつう]の呪いに迎合しただけで、果たして本当に一件落着と言えるのだろうか。これでは私が良くても今後この場で第2第3の私が生まれるかもしれない。私はどうすればよかったのだろう。

12歳の差だけで、私の選んだ人を信頼できなくなるの?

私の両親に彼を紹介した時、真っ先に父から投げられた言葉は「結婚を許すことはできない」だった。

「何年も手塩にかけて育てた愛娘を、こんなに歳の離れた相手にそう簡単に渡すわけにはいかない。数年かけて両家の信頼関係ができてから次の段階に行くのが順当だろう」

それが父の考えだった。
母も父の意見を尊重していた。

彼がプロポーズしてくれたから嬉しくてすぐ両親に挨拶しに行ったが、完全に出鼻を挫かれた気分になった。

もし同級生を連れてきたら、父はすぐに結婚を許してくれた?
12歳の差だけで、私の選んだ人を信頼できなくなるの?

せっかくプロポーズしてくれたのに父のせいでごめんなさいと泣きながら彼に謝ると

「謝る必要はないよ。僕達は、年齢に関係なく結婚したいと思った時に結婚するものだと思ってた。貴女のご両親は、12歳の差がある僕への不信感を払拭する為には年単位の両家の付き合いを経るのがふつうだと思ってる。どっちが良いとか悪いとかではなく、ここからお互いのふつうを擦り合わせていこう」
と言ってくれた。

婚姻届が手渡された瞬間、私達は両親とお互いの[ふつう]を超えた

私は両親へ彼のことをあまり話していなかった。まずはそこからだった。

私が仕事で心身の調子を崩した際に彼が献身的に支えてくれたこと、彼の仕事や家族に対する姿勢を尊敬していること、普段の生活で12歳の差がネックになる場面は無いこと、そして何より今の私には彼が必要だということを、慎重に丁寧に両親へ説明した。

彼も多忙な仕事の合間を縫って何度も職場と私の実家を新幹線で往復してくれた。

半年ほど経った頃、ついに母から「お父さん、結婚を認めるって」と電話がきた。

東京駅のワインバーで、証人欄が埋まった婚姻届が父から彼へ手渡された瞬間、私達は両親とお互いの[ふつう]を超えた。

私達に必要だったのは、[ふつう]を認めた上で丁寧に擦り合わせること

普段SNSで人種差別やLGBTQ+などの話題を目にしていると、もう世間は多様性を認める新しい価値観が浸透しているかのような感覚でいたけれど、それはあくまで画面上での話であり、私達が生活している現実社会においては、年齢差だけで[ふつう]ではないという反応だった。

[ふつう]を超えるために必要だったのは、相手の[ふつう]の呪いに迎合することでも、一方の[ふつう]を正解にしてもう一方の[ふつう]を不正解にすることでもなく、それぞれの[ふつう]を認めた上で丁寧に擦り合わせることだった。

現実社会の[ふつう]を超えて結婚した私達は、これから先もこの現実社会で生き続ける。また新たな[ふつう]が立ちはだかる時が来るかもしれない。そんな時は、この結婚を思いだし、手を取り合い、幾重もの擦り合わせを積み重ねて[ふつう]を超えていこう。