私の担当した英語のクラスに、ひどくアンニュイな雰囲気を持つ子がいる。気だるそうに、それでも意味ありげな視線を私から外さない。「あんたの話していることはぜーんぶ聞いてるから。とちったら直ぐ分かるからね。」まるでそう訴えているよう。14歳だなんて嘘でしょ…なにこの緊張感…。それが授業初日の感想だった。
私がこのクラスの生徒たちに与えられるものってなんだろう?
そのクラスは最終学年で、受験を間近に控えていた。ただし、このクラスの生徒はかなり頭脳明晰。正直、私がこの期に及んで教えることなんてなかったのだ。彼女たちも私から新しい知識が得られるなんて期待していない。では、何を私は彼女たちに伝えられるのだろう。このクラスの意義を再定義しなければならないと、早々に頭を抱えた。
悩みに悩んだ末に、私と彼女たちの共通点に行き着いた。それは心底プライドが高いこと。私は幼い頃から実年齢を当てられることはまずない程の老け顔で、同級生から「姐さん」と呼ばれていた。そのせいかよく相談を持ちかけられたので、そのうち自分は同年代の子よりも多くを知っていると勘違いをするようになった。最近はそんな性格を自認できているため、たまにプライド高い系人間ゆえの失敗談を笑って話せるようになった。クラスの彼女たちは勉強ができるがゆえのプライドの高さがある。これは使えるのでは…?と考え、授業にぶっ込んでみることにした。
私の失敗談に笑う生徒たち 待って待って、本当に伝えたいのはね、
恐る恐る口にしたのはこんな話だ。私がアメリカでの留学中にスターバックスへ行った時のこと。日本のスタバとは違い、オーダー時に名前を聞かれるシステムを知らなかった私は、メニューを英語で無事オーダーできた安堵ゆえに、店員からの質問に全てイエスイエスと答えてしまったのだ。その結果、ドリンク受け渡しの際にコールされた名前はYESだった、というもの。
察しの良いアンニュイな彼女は、私が安堵からイエスイエスと連呼しちゃったんだよね~くらいで爆笑。直ぐに周りの子たちもオチに気付いて笑い始めた。待て待て、このままではこいつは馬鹿な先生だで終わってしまう。慌てて、「どんな人にも恥ずかしい過去はあるから、ミスすることを恐れるなよー」と言い加えた。するとアンニュイな彼女が頷くのが見えた。
教えたいのは、お勉強だけじゃなくて例えばアイラブユーを言うタイミング
その時、私がなぜ教育業界で働いているの分かった気がした。ずっと疑問だったのだ。昔から人の人生を狂わすのはお金と愛だと相場が決まっているのに、どうしてそれを黒板に向かって学ぶ機会がないのかと。アイマイミーマインの呪文は何百回と唱えさせられるのに、アイラブユーを言うタイミングは教えてくれない。否、教えることのできる人などいない。それでも、人生でぶち当たるであろう問題に、少しでも準備をさせたい。
人生は様々な色で溢れているべきだ。それなら私が教壇に立つ理由だって、多少色があってもいいだろう。
きっと私の働く最大の動機は、「お勉強」以外にも大切なことがたくさんあること、男女関係なく社会に出て幸せになれることを伝えたいから。もちろん直接的ではないが、この思いをベースに毎日笑顔で子どもたちに向かい合っている。
もうすぐお別れの3月がくる。いつかアンニュイな彼女も人生の壁にぶち当たるだろう。その時に彼女の中に浮かぶ選択肢が、一個でも二個でも多くなるよう、今日も次の授業のことを考えている。