高校2年の春、ダンス部を新設しようと奮闘する私の目の前へ突如現れた彼女は、挙手する立ち姿から美しく、天に向かってピンと伸ばした指先まで輝いているようだった(彼女となら夢が叶えられる!)。

喜びに浮かれた私は、彼女に甘え過ぎてしまった。ダンスウェアを着てタオルを握りしめた彼女に、「やる気がないくせにリーダー気取りでうざい」と言われたあの日、制服姿でスマホを握っていた私は何も言い返せなかった。

「ダンス部」を新たな部活動として新設すべく、メンバー探しを始めた

幼い頃から踊ることが大好きだった私は、ダンス部を新たな部活動として新設すべく、担任の先生へ相談した。まずはメンバーを集めてサークルとして申請し、外部のダンス大会等で実績を残すことができれば、部活動として昇格できる可能性があると教わり、その日からすぐにメンバー探しを始めた。

「求む! ダンス好きの諸君!」と描いたポスターを配りながら校内を練り歩いていると、彼女のほうから声をかけてくれた。

「はい!私、ダンス習ってる! 一緒にダンス部を作りたい!」と、指先までピンと伸ばして綺麗に挙手する彼女を見て、奇跡が起きたと思った。嬉しくて嬉しくて思わず握手して、しばらく手を繋いだまま好きなダンスの種類やオススメのダンス動画について語り合った。

すぐに仲良くなった私達は、校内の人目につくところで一緒に踊ることで、少しずつ知名度を上げ、8人の新メンバーを集めることができた。10人グループでうまく踊れるような曲と振り付けを考え、フォーメーションに悩みながらなんとか1週間かけて完成させて、メンバーに音源と振り付けの解説プリントを配った。

「発表する場はこれから探しておくから、まずはこれが踊れるように頑張ろうね!」意気揚々とメンバーに声をかけ、サークル室を出た私は、スマホで近隣のダンス大会の開催状況を検索した。

時々サークル室を覗いては、メンバーの踊る様子を見て(ダンス部設立の夢へ一歩ずつ進んでいるぞ)と幸せな気持ちになった。実力のある彼女がいてくれるから、安心してその場を眺めることができた。

私はリーダーを名乗るには傲慢だった。メンバーのこと何も知らない

期末テストが近くなり、しばらく勉強に集中していた私は、サークル室から足が遠のいていた。期末テストが終わり、久しぶりにサークル室へ向かうと、聴いたことのない曲が微かに聴こえてきた。妙な胸騒ぎがして、恐る恐るドアを開けた。

「久しぶり! どう? 練習進んでる?」知らない曲で、知らない振り付けで、楽しそうに踊るメンバーの耳に、私の声は届かなかったようだ。まるで知らないサークル室のドアを開けてしまったのかと思うほど、そこには私の知らない世界が出来上がっていた。

ひとしきり踊り終わったメンバーがこちらをちらっと見たが、すぐに目をそらしてお喋りし始めた。混乱している私に、彼女が近づいてきた。

「やる気がないくせにリーダー気取りでうざい。発起人はあなたでも、サークルとして成立させようとずっと必死に頑張ったのは私。生活指導の先生にサークル室を追い出されそうになったことも、メンバーのピンチも知らないくせに。ねぇ、気づいてる? みんなも私をリーダーだと思ってるよ。あなたはただの幽霊部員」と言った。

私はその場から走って逃げ出した。彼女の言う通りだ。私はリーダーを名乗るには、あまりにも傲慢だった。申請書を作り、練習場所を借り、曲と振り付けを決めたら、後はメンバーが私のレベルまで追い付くように、練習してくれればいいと思っていた。同じレベルになったら、そこから一緒に動画を配信したり、大会に応募したりしようと思っていた。思っていた、だけだった。

私が知らないところで、彼女はメンバー全員とこまめに連絡を取り合い、一人一人の練習に向き合い付きっきりで指導し、丁寧に確実にメンバーとの信頼関係を構築していた。私は名簿に書かれたメンバーの名前は知っているけど、誰の涙も、誰の汗も、誰の笑顔も、何も知らなかった。

俯瞰することは「大事」だけど、高みの見物になってはいけない

あの日から、私はダンスサークルの発起人としての名前はそのままに、リーダーは彼女となり、事実上の引退を余儀なくされた。その後、サークルから部活動に昇格できたのかも知らない。何とも後味の悪い終わり方だ。

俯瞰することは大事だけど、高みの見物になってはいけない。“先陣を切って戦う覚悟”と“最後の砦となって守り抜く覚悟”の両方を持って率いることで、初めてリーダーとしての信頼を得ることが出来る。そのことを、彼女が私に教えてくれた。

高校を卒業してから、アルバイト先でリーダーになった時も、大学の研究室でリーダーになった時も、就職後に会社のチームリーダーになった時も、あの日の胸の痛みを鮮明に思いだし、その度に彼女の教えが私を律してくれた。

指先までピンと伸ばして綺麗に挙手するあなたを思うと、今日も私は背筋がピンと伸びます。もうその手を握ることは無いだろうけど、あなたから学んだことは私の大切な宝物です。出会ってくれてありがとう。