幼稚園の頃、同級生からおもちゃを取り上げても泣かない、慌てない、むすっとせず、ただ近くにある他のおもちゃで遊び始める。私自身は満足していたが、それをみた周りの大人が慌てて奪ったおもちゃを私の手元に戻してくれる。そしてまたそのおもちゃで遊ぶ、のんびりとした性格だった私。

そんな性格のせいか、徒競走やお絵かき、習字、ダンスと競争要素があることに関して、一番を取るという意欲があまりなかった。

誰が上手いと褒められていてそれをみて、「よし、あの子があんなにできるなら私もっとできるようになる!」という鼻息の荒さが私の友達は強かった。
だけど私は「あの子もあの子もすごいな!でも私も一生懸命に作ってやって、両親が喜んでくれる」と満足といつも現状維持だった。

深く水の中へ体が沈んでゆく感覚、ゴーグル越しのキラキラした光

今あるものやできることを増やすために欠点を修正する、もっと良くできるよ私という向上心という気持ちがいつも欠けていた。
そんな私に、両親から提案された習い事の一つに水泳があった。
泳ぎでクラス1番になりたい、〇〇選手みたいみたいに泳ぎたい、という気持ちはなかった。ただ家族で海やプールで遊んだりするのが好きで、水への恐怖心がなかったから首を縦に振ったのだ。

プールの底に沈んでいる大きいカラフルなスーパーボルを取るという、水に顔につける所からスタートしたスイミングスクールの課題は、クリアするごとに表彰状が貰えた。水が好き、泳ぐのが好きではなく、私を見て、私がやったことに対して、周りがすごいね!頑張ってるね!と褒めてくれ、誰かに存在を認めてもらえたような気がした。

ビート板から手が離れ、クロールができるようになり、背泳ぎの練習になった私は表彰状ではないものに魅力を感じ始めていた。
それは練習の際に、背を泳ぎの体勢を保てず、より深く水の中へ体が沈んでゆく、いわば失敗の、この感覚。そして泳ぎながらゴーグル越しに映るライトまた水面のキラキラした光が、日常とは違う世界を感じられて好きだったのだ。

タイムを競うことを始めた。違和感は消えず、大好きな水泳をやめた

それに気づいてからは表彰状というレベル上げの練習を捨て、背を泳ぎとクロールのみ何度も繰り返し行った。

一緒に始めた子は熱心にタイムを上げるために練習しているなかで、どう息継ぎしたら長くキラキラを眺められるか、フォームを崩さなければ水の音を聞けるのか、を考えて過ごしていた。

次第に自分なりの泳ぎ方ができ、フォームが綺麗だから次は競技としてタイムを上げるために練習しないかとコーチに言われた。何か違うと感じつつ、コーチから認められた嬉しさが勝ち引き受けたが、半年で気持ちが続かなく、大好きな水泳をやめることにした。
だがこの時に、生理にもなり、周りからはそれが恥ずかしくなってやめてしまったんだねと言われた時に何故か悲しくなった。

あの頃に思いをはせながら、もう一度、大好きな水の中に潜りたい

そんな出来事があった小学校6年生の秋口を最後に、泳ぐことを避けていた。
しかし今、20代半ばにしてまたあの頃のようにときめきを感じたいとふと思い、この春からまた塩素の匂いとおでこを丸出しスタイルであの場所に行く。

もしかしたらあの頃のように表彰状や水の世界にも感動しないかもしれない、そもそも身体が怠け過ぎて泳げないかもしれない、生理だけでないまた違った悩みを抱えるかもしれない。

それでもあの頃抱えた想いに馳せながら、大好きな水の中に潜りたいと思う。