今から8年前の雨の日。
私は、大学で同じ学部だった後輩くんと縁もゆかりもない金沢にいた。
何故そうなったのか……。
知人から、後輩くんが自分に好意を抱いていることを聞いた。
当時彼氏もおらず、何となく憧れていた先輩のセフレと化していた自分。この鬱屈とした、倫理上あまりよろしくない毎日から抜け出すチャンスとばかりに、私は彼に近づき声をかけた。

後輩くんの純粋さは新鮮で、自分だけの物にしたくてたまらなかった

後輩くんは、大学進学を機に地方から出てきたばかりで、女性経験も少なくウブで可愛かった。
先輩に身体を良いように弄ばれ、身も心も荒んでいた自分には、獲物というべきかペットというべきか、後輩くんの純粋さは新鮮で、自分だけの物にしたくてたまらなかった。それはあくまで遊びとしての話だが。

「いつか先輩と遊びに行きたいです」
何回かやり取りを繰り返すうちに、後輩くんから届いた一言。とても素直な言葉に、自然と笑みが溢れ、その時たまたまめくっていた旅雑誌のページから「金沢」の文字を見つけた。
そうだ、金沢へ行こう。
後輩くんとの初めてのデートは、まったく初めましての金沢旅行になった。

その日は、土砂降りの雨だった。
それなのに後輩くんは傘を持たず、結局私の傘一つで観光地を巡った。
彼はとても緊張していて話も盛り上がらず、私が話すばかりで正直退屈だった。
これだったら先輩の家で一日寄り添い合っているほうが楽しかったかもしれないと頭をよぎったが、頑張ってプランを練って案内してくれようとしている彼の手前、そんなことは言えなかった。

その日の最後、別れ際に告白された。
「先輩のことが好きです。付き合ってください」
この上なくストレートに伝えてくれたのは嬉しかったが、この1日では心が揺れず結局付き合う気にはなれなかった。
「ごめんね。まだ好きになれない」
そう言って、私は彼に手にしていた傘を押しつけ、一人濡れながら帰った。電車を乗り継ぎ、帰ったその足で先輩の家へ行き、その日はそのまま寝た。

きっともう誰もビッチな私と付き合うなんてしないだろう

それから、しばらく経ち、後輩くんとは毎日していたLINEもぱったり止み、大学で顔を合わせてもお互い目も合わせないようになった。
その間、巷では私が先輩のセフレだという噂がまことしやかに広まっていった。もしかして、後輩くんの耳にも入っていたのかもしれない。

そして、その先輩からも「俺とお前がそういう関係だってみんな知ってるんだけど、どういうことよ?」と恫喝され、終わった。
そんなに大々的に言いふらしたことはないんだけどな~、と内心思いながら、あまり良い関係だとは思っていなかったから、このまま終了でも良いかと未練は持てなかった。
ただ、私が「誰とでも寝る軽い女」という少し尾ひれがついた話だけが残った。
この一件で、きっともう誰もビッチな私と付き合うなんてしないだろうと異性関係は半ば諦めた。

「色々あったみたいだけど、俺はずっと先輩のこと好きでしたよ」

その日はたまたま、自宅でぼーっとTwitterを見ていた。
その時、後輩くんの「酒飲みたい気分」というリアルタイムの呟きが目に入った。
本当に偶然、私もお酒を欲していたから、急遽、後輩くんを誘って飲みに行くことにした。
金沢旅行から季節はちょうど一周巡っていた。
久しぶりに会う彼。
前はまだまだウブで、大学生になりきれていない感が残っていたが、今はもう一端の男性だ。
会話もスムーズというか、お酒の力もあったかもしれないが、前回より随分楽しく時間が流れた。

お店を出て別れ際、彼が私に言った。
「色々あったみたいだけど、俺はずっと先輩のこと好きでしたよ」
笑いながら言われたのが少し癪に触ったが、それがさらに大人の余裕を醸し出し、魅力的に見えた。
「……今なら私も好きかも」
頭で考えるより先に口が動いていた。
その時、ちょうど雨が降り出してきたが、あいにく私は傘を持ち合わせておらず、後輩くんの傘に入れてもらって帰った。
その日は自分の家には帰らず、彼の家に泊まらせてもらった。

それから8年経った。
私の隣りに座るのは、例の後輩くん。
その間も色々なことがないことはなかったが、今は結婚し、夫婦の関係になった。
子供も生まれた。

彼の無償の愛のおかげで、今日も心は晴れ晴れと平和そのものである。
大切にしたい日常はまだまだ続く。