雨の日のわたしは頭を中心に機嫌が悪くなる。低気圧のせいで頭痛は発生するし、天然パーマの髪の毛はどれだけストレートアイロンで真っ直ぐにしてもすぐに曲線をえがきはじめる。
この悩みは思春期に突入した15年ほど前からずっと変わらない。しかし、高校1年生の頃はそんな日にも楽しみがあった。
一目惚れの彼に会える雨の日の15メートル
高校生のわたしは部活に熱中していた。所属していたのは吹奏楽部。練習は週7日、遊んでる暇なんてなかった。彼氏と学校帰りにデートなんて夢のまた夢。帰りのHRが終わるとすぐに部室に向かった。
晴れの日の活動場所は校舎と校舎の間の外広場。広場というよりは通路だ。毎日、帰宅する生徒たちを見送りながら練習していた。なぜ吹奏楽部なのに外なのかというと、わたしのパートは楽器ではなくダンスをするパートだったからである。
雨の日は校舎の中には入れるが、使えるのは昇降口のちょっとした空きスペース。フラッグなどの道具を使ってのダンスになるため、その狭い場所で練習する日は筋トレやストレッチがメインにだった。
雨の日はグラウンドで活動している運動部も校舎に入ってくる。1号棟から4号棟の校舎が駐輪場を四角く囲むように建てられており、運動部は校舎の1階を周回したり、階段を駆け上がったりうさぎ飛びしたりしていた。
ストレッチをしていると、目の前を大勢の人たちが汗を流しながら走り去って行く。1周ごとにその顔は苦しそうになっていく。
(あ、来た。)
同じクラスでハンドボール部のK君が校舎の入り口から走ってくる。
身長が高くて細身で白くてイケメンで……入学式当日に一目惚れした。なのに毎日同じ教室で授業を受けているのに、1度も話したことはない。女子校育ちなわけでもないのに男子と会話するのは苦手だった。苦手というよりきっかけが見つけられなかった。
廊下の長さは20メートルほど。わたしが彼を拝むことができるのは15メートルの区間だけだ。
それを10回。それだけで、ギューギューと押してくる先輩との開脚ストレッチも、体を縮こまらせながら踊るしかない狭いスペースでの練習も乗り越えられた。
初めて会話をする機会に、同調できず後悔するわたし
席替えで彼の前の席になった。それでもプリントを渡すときくらいしか接することはなかった。
(今日も中か…)
雨の日のある日、HRが終わり部活に行く準備をしていた。
「なぁなぁ、あのストレッチって痛くないの?」
K君が後ろから声をかけてきた。
「へ?」
声が裏返った。
「先輩に乗られてるあのストレッチ、痛くないの?」
「い、痛いよ。毎回悲鳴あげてるよ。今日もだから部活行くの憂鬱」
視界に入ってたのか。
「俺さー、部活辞めたいんだよねー」
!???突然何?なぜわたしに?
「へぇ……もったいないなぁ」
「そう?」
「身長高いし、ハンドボールだと有利そうじゃん、足速いし」
意外と話せるじゃん、わたし。
「でも、遊びたいしさぁ。」
「続けた方がいいと思うけどなぁ。」
自爆。お節介ババァ発動。本人の勝手じゃん。そこは「そっかぁ」でいい……。
脳を爆速で駆け巡る後悔の言葉たち。
その日の廊下を走るK君は、わざと視線を外している気がした。
少し切なくて心がキュとなる、彼が部活を辞めた理由がわたしを成長させた
それから1ヶ月もしないうちに、K君は部活を辞めた。わたしの言葉は特にK君に影響を与えなかったようだ。わたしの言葉が彼の意思を動かすことはなかった。
彼はわたしの言葉にムカついたのだろうか。そんなことを考えていたのは3日くらいで、すぐに会話したことも忘れた。あの会話から彼と話すことは1度もなかった。
ある日、彼がクラスメイトと話す声が聞こえてきた。
「彼女に、もっと会いたいから部活辞めてほしいって言われたんだよね」
わたしが賛成しようが反対しようが関係なかったようだ。
別に少しヤキモキしたけれど、不思議とダメージは少なかった。彼女がいることは当時のSNSの前略プロフで把握済みだったし、あの時は後悔したけど、一度も喋ったことのない相手だったし。でもそれだけじゃない。
わたしは気がついた。恋じゃない。好きだけど恋じゃない。K君はわたしにとってアイドルだったのだ。みているだけで満足。
恋をすることに憧れていた16歳のわたしを、少し成長させてくれた雨の日の思い出。