今日は土曜日。レジで会計を打つ私は今、アルバイト中。
そして、今からあと約5時間後、私は就職試験を受ける。市役所職員の採用試験だ。
今の私は、職種など選んでいる場合ではないと思っていた
現在、フリーターとしてアルバイトを掛け持ち中の私は、未来に不安で、社会においても肩身の狭いこの現状を脱却すべく、不安定な情勢の世であっても恐らく安定が見込めるであろう公務員の募集に応募した。(こんな狭い見識しかない奴に市の業務を担われたのでは、役所も市民もたまったものではないだろうが。)
よく考えもせずに、市役所職員の仕事がどういったものなのかも知らないまま募集に応募。採用試験当日を迎えてしまっていた。
今日を境に、私のフリーター生活が続くか、晴れて正職員の安泰生活(見込み)が始まるかが決まる。今の私は、職種など選んでいる場合ではないと思っていた。前の職場で、“生きる為だけに働く”ということが、どれほど辛いものだったのかを、この時の私は忘れてしまっていた。
今後をかけたこの勝負(試験)の開始時間に合わせ、今日のアルバイトは、普段なら入らない朝の9時からシフトを入れてもらった。こんな無茶苦茶なお願いを受け入れてくれ、なんなら試験を応援さえしてくれるこのお店には本当に感謝しかない。
こんな服を着てどこへ? 間違っても街中になど行けない
時刻は現在10時を回った。勤務開始から1時間、「いらっしゃいませ、“おはようございます”」という慣れない挨拶にも慣れてきた頃、前方から見覚えのある車が来た。(今更であるが、私は今、飲食店のドライブスルーで会計係についている。)
お客様はどんな方かというと、無機質・無表情・無感情(に見える)という、三大「無」の代表者とでもいうかのような、若い男性である。
失礼だとは思うが、この方が笑顔になることや怒りを顕にすることなど想像が出来ないのだ。正に人造人間、アンドロイドの様な方なのである。さすがに失礼が行き過ぎたのでここに謝罪したい。ちなみに、この男性に対して私は後に恋愛感情を抱くことになるのだが、それはまた、別の話。
本題に戻ると、私は驚いていた。何せ彼は、時間にしてちょうど12時間前、昨日の夜の10時に来店したばかりである。定期的に店を利用してくれる方ではあったが、この短時間で2度もご来店……?と思うと同時に、ファストフードの過剰摂取ではないかと彼の身を案じた。
とにもかくにも、アンドロ…ではなく(だから失礼)、お客様が窓口にいらっしゃった。
この方、1つ不思議なのが、こんなにも人間味がないにも関わらず、子供から大人にまで人気の可愛いキャラクターのぬいぐるみを車に乗せている。私がこの方をよく覚えているのも、このぬいぐるみがあったからだ。何を隠そう私もこのキャラクターが大好きなのである。
彼は、いつも無地のパーカーなんかを着ていることが多いのだが、この日は違った。どこで売ってるんだと思うような柄のシャツの中に、先程のキャラクターがでかでかとプリントされたTシャツを着ていた。
自分の好きなものに対して言うのもなんだが、こんな服を着てどこへ行くというのだろう。間違っても街中になど行けない。ちょっとスーパーへ買い物……だとしても、それなりに人の目を奪ってしまう。
しばらくフリーターを続け、やってみたいと思っていた仕事に
きっとこの方は、今までもこうだったのだろう。たとえ周りから笑われようと、グッズを買う為にお金を手放すことになろうと、キャラクター関連のゲームなんかで多少の時間が犠牲になろうと、自分の好きを貫いてきた。きっとそんな、自分に正直な方。そして、“そんな方”を見て何故か私には不安がよぎった。
あれ、今の私は……。
採用試験には、嘘偽りない姿で挑んだ。
市役所の仕事など何をするのかろくに分かっていないこと。やりたい事が出てきたらすぐに辞めるかもしれないということ。この市のことは、特産品や抱えている問題等も含めて、何も知らないこと。
当たり前の様に試験には落ちた。良かった。胸を撫で下ろした。危うく数ヶ月前の“生きる為だけに働く”自分になってしまうところだった。
やりたい事があっただろう。多少生活が苦しくとも、今やらなければ後悔することがあるだろう。そこからしばらくフリーターを続け、今は、前からやってみたいと思っていた仕事に就いている。そして、これ以外にもやりたいと思っていた仕事をやる為に、資格の勉強をしたり、入社してまだ半年も経っていないが就活をしたりしている。
「自分の心に嘘をつくな」
「他人の目や普遍的価値は気にするな。自分らしく、堂々としていろ!!」
秋の土曜日のあの日、あのお客様にそう言われた気がした。もちろん、彼は私に対してそんなことは言っていない。だが、言葉無くして私に気付かせてくれた。
最近、あのお客様をあまり見なくなった。元気にしてるかな。またお会い出来たら言いたいな。
「ありがとうございました!!」と、さも接客用語として口にしたかのように。