国内で新型コロナウイルスが初めて確認される少し前に、私は勤めていた診療所を退職した。
三年務めた職場を離れる決断をしたのは、武漢での原因不明の肺炎発生よりももっと前だったので、数か月遊んで暮らして、それからアルバイトでもしよう、なんてのんきに考えていた。

関わることなんて引継ぎで話す程度と思った彼と、お付き合いを始めた

しかし現実は、比較的受かりやすい飲食店は休業を余儀なくされたり、人件費削減のため従業員の募集を閉める企業などが多くみられ、結局私がアルバイトとして採用されたのは半年間ニートの生活を送ってからだった。

新しい職場は24時間営業しているネットカフェ。面接をしたその翌日に採用の連絡をもらい、ニートの間に染めた赤髪を黒にするため美容室に走った。

初めての出勤日は、もう一人採用された人がいるらしく、その人と一緒に業務の内容等を指導してもらった。店長を除けば初めて会う同僚であるその男は、学年が一つ下で、当時23歳だった私が学生かとたずねれば否と答え、起業したもののコロナの影響であまり思うようにいかず、時間もあるので早朝のみバイトをするつもりだと、さらに続けた。

片や学生時代に勉強をきちんとし、起業して、早朝の少しの時間も有効活用するさわやかな男。片や流されるまま生きてきて、適当に仕事をし、辞め、お金に困り深夜勤務を希望する、染めすぎで傷んだ髪の女。
今後関わることなんて、勤務が被った日に引き継ぎなんかで話す程度だろうなと思ったこの人と、私は今お付き合いをしている。人生何があるかわからないと、これほど思うことはない。

彼と出会ってからずっと、コロナの脅威は社会を脅かしているから…

親しくなったのは出会って半年ほどたってからで、その頃も、交際を申し込まれる直前も、一緒にいることが当たり前になった今も、コロナの脅威はまだ社会を脅かしている。
関西に住んでいる私は桜島にあるテーマパークが好きで、恋人は学生時代そのテーマパークで働いていて、本や生配信といったインドアで一人で楽しむ趣味を持つ私と車や歌うことが好きで本を読まない恋人の、唯一と言っていい共通の好きな場所。

そこにまだ二人で訪れたことはない。今は緊急事態宣言も解除され、パークも安全対策を実施して再開しているけれど、今行っても心から楽しむことはできないだろうし、何より恋人を100パーセント安全だと言い切ることのできない場所に連れていくことはしたくない。

そんなことを言えば、家から一歩だって出たら全く安全な場所なんてない。それでも、私は私と恋人のため、できることはしたい。後悔をしたくないし、してほしくない。

テーマパークも、海も、旅行も、お祭りも、できないことはたくさんあって、開いているお店もないしお互い一人暮らしではないから会う時間はあるけれど場所がない、なんてことも何度かあった。数年前に比べて、何かと生活に制約はあって、思うようにいかなくて、早く収束してくれと何度願ったかわからない。

大きく変わった世界で出会った彼との時間を大切に記憶していたい

二人で行きたいところリストを作って、これからの長い二人の人生でそのリストをつぶしてくことを楽しみに、様々な場所に入場制限があって、マスクで肌がアルコール消毒で手が荒れて、ラストオーダーが19時30分の世界で二人で生きていく。

先を見ずに今を楽しむこともできるし、それが悪だとかは言わないし言えないけど、必ず耐え忍んだ先に求めるものがあるなんて保証もないけど、欲望のままには生きないことにした。

それは今までの人生を振り返っての選択でもある。でも一番の理由は、私の再就職の面接が初めからうまくいっていたら、恋人の会社が彼の思うように進んでいたら、二人は今一緒にいることはないからだ。

たくさんの人が亡くなって、生活が苦しくなって、楽しみを奪われて、世界が大きく変わってしまったけれど、私は大切な人と出会う機会ができた。その大切な人を決して失いたくない。恋人にも、コロナにも、誠実に向き合いたい。

お付き合いを始める少し前、初めて恋人のマスクの下をちゃんと見た。人を好きになってからその人の顔を認識する、という順番は初めての経験だった。
とても貴重で、あの時の私のときめきごと、大切に記憶していたい。