高校時代の痛み。これは私の捨てられないもの。
私は、高校の卒業式の次の日、死んだ。正確に言うと、死んだ、つもりだった。
髪を切り、連絡を断ち、携帯の端末を変え、新しいLINEのアカウントを作り。
徹夜で書いた手紙。「また会おうね」とは絶対に書かなかった
高校時代とおさらばするために、卒業式前日は徹夜して、今まで関わった人全員に手紙を書いた。仲良しグループの友達はもちろん、部活の後輩にも、受験でお世話になった先生にも、他にも数えきれないほどたくさん。
「また会おうね」は絶対に書かなかった。封筒の束の重みは、私の中高一貫の学生生活の重みを感じさせた。私の6年の痛みや楽しさや思い出って、こんなに軽いもんか、と思った。
卒業式は手紙を渡すために校舎内を走り回って、手紙の数の分だけありがとうを言った。部活の顧問からもらった一輪のピンクのバラと、それに映える雲一つない青空と、後ろを振り返ったときの校舎、私は異常なくらい泣いてしまった。
最後の高校生活、最後に一緒に帰った友達の、「またどうせすぐ会えるよ」というのほほんとした言葉が胸に刺さって、私はまた一段と泣いてしまった。
私はもう死ぬのだ。
高校生の、気弱でかわいくなくて面白いわけでもなくて真面目なのかどうかもあやふやで、それでもひたむきに生き延びてきた私はもう殺すのだ。
2年前から思い始めて、念願叶ってやっと死ねるのだ。
嬉しいことなのに、清々しいことなのに、なんだかゴミ箱に捨てるにはとまどってしまう、この思いは。どうするべきだろう、と思いながら、行きつけの美容院でロングからばっさりボブまで切ってもらった。
自称・生まれ変わった私。まだ高校の思い出は捨てられていない
最寄駅は単線の無人駅。片田舎から大学進学のため上京し、誰ひとりとして私を知らない世界が始まろうとしていた。
新宿駅はただ人が多いだけで、雑踏の中で息をすることすら苦しかった。背伸びして履いたヒールはズキズキと鈍い痛みを呼んでいる。雑踏の中でも、私は、私だ。そう思えるように人生初めて香水屋に入った。キツい香水の匂いで頭がくらくらした。
現在、大学2年生になった。自称・生まれ変わった私は今、東京で息をしている。ただのガラクタだと思っていたものは、星屑だったのかもしれない。私は、高校時代の思い出に生かされている、気がする。
この前、久しぶりに母校を訪れた。高校時代は嫌いだった部活の部室に行ってみた。私の名前や、私の代のネームプレートがまだ下の方に貼ってあった。
全て、思い出してしまった。
嫌だったこと。友達に私の顔をからかわれたこと。私が化粧をすることを馬鹿にされたこと。
嫌なことばかりじゃなかったこと。奇数の仲良しグループでも、私とずっと一緒にいてくれた子がいたこと。部活で負けたとき、友達がやけくそカラオケに付き合ってくれたこと。
楽しかったこともあったこと。先輩がサワガニを見つけてはしゃいでたこと。部活の帰りに校則違反のアイスを隠れて食べたこと。
でもそうやって、思い出補正をつけてるんだなってこと。「大人になったら、この辛い思い出も思い出補正で忘れちゃうんだろうね」って、友達と話したこと。
その通りになりました、あの時の私へ。
あの頃よりも幸せになった。だけど、「あの日々」が足りない
幸せになりたい。そう呟いた、受験生の2月。
窓を開けると冷たくて、教室の中はあったかくて。学生最後の昼休みに一緒に食べた、友達との学生最後のお弁当。
幸せになりたいね。あの子もそう返してた。
今の私は、新しく生まれた私で、本当に幸せなんだろうか。でも、あの頃に比べたら幸せになれた気がする。ふとそう思う。
あの時の私に、全てに絶望していた私に、なにか伝えられることがあるとしたら。
あなたはこれから、すっぴんでさえも頬を包みこんで抱きしめてくれる人に出会うのよ。ギターを背負った先輩とご飯に行ったり。サークルの同期と大学の溜まり場ではしゃいだりもする。夜の新宿だって、しっかり歩けるようになる。表参道の美容室はまだ怖いけど、下北沢のライブハウスが好きになる。
たまに、昔の友達に連絡を取りたくなったりする。
1年経ったけれど、私はまだ、高校同期と連絡を取っていない。今の私が崩れるから連絡はまだ取れない。
だけど、足りない。あの日々が足りない。あの不器用で愛おしい日々を知ってしまったから。
知らないうちに、髪が伸びてしまった。1年前にばっさりボブまで切った髪は、あの時の髪の長さに戻ってしまった。成人式の日には同窓会がある。いっそ、思い切ってショートにしようか。まだ、勇気はない。
ポニーテールにする度に、教室の隅の掃き溜めのような、やりきれない気持ちを思い出す。でもその度に、金平糖のような星屑が胸の奥につかえる。
いつか捨てられるときが来るのかな、この呪いも全部、ぜんぶ。