韓国には『花様年華』という四字熟語があるらしい。意味は「青春:人生で最も美しい瞬間」だそう。
この言葉を初めてみたのは、16歳の頃。世でいう青春真っ只中、まさに花様年華。友人の好きなアイドルのアルバムのタイトルだったはず。

私はいつも彼にそばにいてほしい。そして彼は私に性行為を迫る

16歳の秋、私に初めて彼氏ができた。同じ中学校出身で、中学の頃は1回くらいしか話したことがないような彼だった。それでも高校に入って、席が近くなって話す機会が増えて、当たり前のように好きになった。
LINE電話で告白されて、交際スタート。ここまではよかった。

付き合っていくうちに、私はだいぶ欲深い女だということが分かった。他の女の子と仲良くしてほしくない、自分の味方をしてほしい、ずっとそばにいてほしい。
私の心は空っぽなのに、彼は性行為をしたいと迫ってきた。彼にとって当たり前で年相応の欲求だったのだろう。私は自分の体内に異物が入り込むということが恐怖でしかなかった。お互い未経験のはずなのに、この差はなんなんだろうと思うしかなかった。
日に日に彼と私の中で何かがズレていく。ズレを修復したくて彼と話したけど、その度に喧嘩になった。

「どうして私のLINEは無視して、他の女子と電話するの?」
「ごめん」

「今日バイトでミスした」
「気をつけたら?」

「今度の土曜に遊ぼうよ」
「その日、バイト入ったから」

「怖い、痛いからシたくない」
「もう付き合って4ヶ月経つのに、何で駄目なわけ?」

愛されたかった。でも、性的な対象として見ないでほしかった

そして1年と半年が経った時、私たちはあっさり別れた。私から別れを告げた、呆気ない終わりだった。お風呂に入る前に「別れてほしい」と送り、お風呂から出た時には「わかった」とだけ返信があった。
友人たちには驚かれた。「あんなに仲が良かったのにどうして?」。口々に質問された。でも、上手く答えられなかった。

私には彼が、おぞましい何か別の生き物のように思えてきてしまっていた。
あれだけ好きだったのに、最後の3ヶ月は彼が気持ち悪くてたまらなかった。どれだけ他の女の子と話そうが、私の味方じゃなかろうが、そばにいてくれなかろうが、どうでもよくなっていた。

彼は性行為がしたいだけなんだ、だったら私じゃなくていいじゃんと考えるようになっていた。とにかく、私を性的な対象に見ないでほしかった。
そうやって私の花様年華は終わってしまった。

ずっと彼に愛されたかった。私が他の男子と話すのを嫌がってほしかった、辛いときは無条件に慰めてほしかった、飽きるぐらいそばにいてほしかった。
性行為なんてしなくても、ハグやキスをしてほしかった。そんな私を理解してほしかった。

喜びや悲しみを分かち合いたい。そこに性的感情はない

彼と別れて5年ほど経つ。もちろん今は花様年華ではないし、ただの22歳独身女性だ。
あれから恋人はいないし、未だに処女。その間にも男性とは出会うわけで、恋愛に発展しそうになったりする。
しかしその度に「付き合ったらセックスしないといけない」という考えに囚われて、男性が気持ち悪くなるという現象を繰り返している。
私はいつの間にか男性が苦手になってしまっていたようだ。だからといって女性に性的感情が湧くわけでもない。

私はただ愛されたい。喜びや悲しみを分かち合って、ハグやキスをして、持ちつ持たれつで生きていきたい。そこに性的感情はなくとも、ただずっと一緒にいたい。
この願望はそんなに難しいことだろうか。体まで明け渡さなければ、愛し続けては貰えないのだろうか。
そんな不毛なことを悩み続け、今日も韓ドラを観て、風呂に入って明日に向けて眠る。

あー明日、キツネ顔の色白細身男性と出会って、その人が奇跡的に私を好きになって、私を理解してくれて。他の女の子によそ見せず、無条件で私の味方してくれて、ずっとそばにいてくれたりしないだろうか。
そしたらそこからの人生は、私にとっての花様年華になるはずだ。