「先輩って、最終的に何を決め手に採用するんですか?」
社会人2年目がもうすぐ終わる23歳の冬。春には人事異動の内示が出ていた私は、お酒の席で、当時自分が所属していた小売の店舗でパートアルバイトの面接担当をしていた先輩に、入社後からずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。翌春からの異動先では、私が面接担当になることが決まっていたのだ。
先輩が教えてくれた採用の決め手は、「仕事が簡単に辞められない人」
新卒で配属されたその店舗は当時、パートアルバイトさん達だけで100名を超える大所帯だった。
人が集まればそれ相応の問題も出てくるし、人が多ければ多いほど、そんな問題がいくつも勃発するものだ。地方のため近隣に他の店舗もなく、ある意味閉鎖的なその店舗では、新人社員に求められる仕事は売上確保よりも人的フォローであり、円滑なオペレーション作りがその店舗での私の仕事だった。
ビールを片手に口元を拭いながら、先輩は言った。
「仕事が簡単に辞められない人かどうかだよ」
円滑なオペレーション作りのためには、人の教育は欠かせない。日々、みっちりと業務が詰め込まれた中で、臨機応変にクレームやお客様対応をこなし、「昼休み」という名の時間で事務作業を行う。そうしてやっとの思いで捻出した30分を使って、新しく入社したパートアルバイトさんに仕事内容を教育する。
だから辞められたら困る。
だから、簡単に辞められないであろう人を採用する。
母子家庭で大黒柱の若いママ。高校3年生の子どもの塾代のために働くお母さん。学費を自分で払っている苦学生。社会保険から外れるわけにはいかないフリーター。
どんなに自分にとってきつく辛い仕事でも、この勤務の後に予定が入っていたとしても、そんな人たちは仕事を辞めない、残業を断らない……断れない。
人を「マシーン」に例える上司の言葉が、採用に悩む私を変えた
「円滑なオペレーション作り」とはよく言ったものだ。
簡単には仕事を辞められないであろうことを理由に、無理な残業や急なシフト変更を押し付けられ、耐えている。そんな人たちから不満が噴出しない訳がない。その店での私の仕事は、彼らの「言葉のサンドバッグになること」だったのだ。
そして翌春、私は予定通りに、さらに地方へと異動をし、先輩と同じようにパートアルバイトの面接担当となった。その後も年次を重ねながら全国転勤を続け、6回の異動と5回の引越しをしながら計3つの地方を巡って気付いたことがある。
あの先輩が言っていた「辞められないであろう人を採用する」という戦略は、ある意味では間違いではないということだ。
人を1人雇うまでには、膨大な時間とお金がかかる。そしてなんとか雇えた後も、一人前になるまでにはさらに投資をしなければならない。年次を重ねて、店舗の販管について理解出来るようになればなるほど、私はそのバランスに苦しんだ。
6回の異動の中ではいろんな上司とも出会ったが、ある上司の言葉によって、私のその後の人生は変わったと言える。
「私たち含め、みんな8時間マシーン、4時間マシーンなんだよ」
フルタイムで働く人は8時間マシーン、パートタイムで働く人は4時間マシーン。そんなことがよく言えたものだ。この言葉を直属の上司の口から聞いた時、私は心底侮辱された気持ちになった。
面接をする際に必ず聞く質問に、その人の夢や目標が加わった
働く私たちは誰一人として、ロボットなんかではない。
それからというもの、面接をする際には必ず、その人の夢や目標を聞くようになった。
「あなたの夢は何ですか?」
「うちの仕事は、あなたの目標をどんな風に叶えられますか?」
変なことを聞く面接官だなぁと、内心怪訝に思った人もいたかもしれない。それでも、「私の夢は……」「私は……がしてみたくて……」と、目をキラキラさせて教えてくださった方達の中には、私の知る限りでは、悲しい辞め方をした人はいない。
誰かの目標を聞く。叶えたい夢を聞く。そんなことを店舗運営の傍らで何十回と繰り返すうちに、気付くと、とある企業の採用担当として、私の仕事は「誰かを採用すること」になっていた。
何千人もの応募者の採用に携わってきた今でも、その経費や投資資金についての悩みは尽きない。経営陣とぶつかる事もあるし、上手くいかない事がほとんどだ。
それでも、お互いの大切な時間を使って行う面接では、私はただの人と人として話がしたいし、どうせ同じ「働く」なら、会社での時間が夢を叶えるまでの時間になってほしいと、切に思っている。
だから私は今日も問う。
あなたの夢は何ですか?と。