新幹線の駅のプラットフォームはガラス張りの半屋内空間で、ガラスの向こう側には普通の日常の生活が見える。
白と黒の模様の犬を連れて散歩をしている親子や、送り迎えに来た車とそれに乗り降りする部活姿の学生さんや、出張に行くようなスーツ姿の人。
そういうのを見ると、日常という映像が目の前を流れているように気がする。その日常から遠いようで実は身近な政治が、私は今まで苦手だった。

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議員内閣制とか小選挙区制とか内閣不信任決議とか憲法と政令と条例の違いも、まるで興味がなくて覚えられなかった。
学校の公民や政治経済のテストの点数はやけに低くて、先生の話も教科書に書いていることも、同時通訳のついていないどこかの国の首相の演説のようだった。新聞も読みたいと思わなかったし、読むようにと先生からも親からも言われても全く読めなかった。
20歳を過ぎて参政権を持っても、今まで投票に行ったのは3回もない。街頭演説もうるさい車としか考えていなかった。

ところが、2年前から仕事で毎朝新聞を見ることになった。毎朝、地方紙を含めた5紙にざっと目を通すようになった。
それまでは避けて通ってきた政治が多く一面を飾っていて、始めは読み飛ばしていたのが、少しずつ目を通すようになった。コロナ禍の政府の対策、リモートワークやテレワークに関する全国の会社の記事、地方の催し物の案内。そして、全ての新聞の一面の下にある日替わりで書いている記者の方の記事たち。
子供の頃はなんとも思っていなかった出来事が、私にも関係があると気づいた瞬間、興味の対象になった。テレビがない私の貴重な情報源になった。リアルタイムではないけれど、記者の思いが込められた詳細な新聞の記事はとても面白かった。

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その中でとても印象的だったのは、夫婦別姓の話だった。
私は夫婦別姓に賛成だ。選べるなら別姓を選びたい。けれど、現行の憲法では別姓は認められていない。夫婦別姓になるためには、事実婚や書面上の離婚の選択肢になってしまう。現行では婚姻届は別姓では出せない。
両親は私の印鑑を私の名で作ってくれた。その理由は結婚して苗字が変わっても使えるようにという配慮のためだ。
婿養子を取るわけではない限り、昔は結婚をすると女性が男性の姓を名乗るのが多かったから。もちろん、それもありだと思う。結婚して相手の姓にしたい、だから相手の姓を選んだ。ただ、それを選べるように、私は夫婦別姓も選びたいのだ。ただそれだけの違いがこんなにも影響を及ぼしてしまうのが現行の憲法だ。

数十年前と比べて、今は結婚というシステムはとても多様化していると思う。専業主夫や週末婚があり、結婚する相手も同性・異性の選択肢がある。
何が心地いいか、どれを互いに認め合えるか、結婚生活とはどういうものか、考えて選べる現在だからこそ、多種多様であっていいと思っている。それと同じように本人たちが別姓でも夫婦であることに変わりはないと思っているなら、それでいいのではないかと思う。
やっと、こうあるべきという発想に縛られなくてもいいように少しずつ変わってきたのだ。少しでも、そんなの変だよという言葉がなくなって、それもいいねと言い合えるような日常を目指したいと思う。

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今まで通りって前例もあるし、慣れているから楽なのもあると思う。結婚をして姓を同じにすると日常生活が過ごしやすいことも多いかもしれない。けれど、明確な理由や根拠があるわけではないが、慣れ親しんだ自分の姓を死ぬまで使い続けたいと思う。そんな些細な願いが叶う世の中になってほしい。そのためにこれからはもう少し参政権を使いたい。

日本国憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。
夫婦別姓も、それ以外の多様な生き方・考え方も尊重されるようになってほしい。違うことは変だよとか、おかしいと非難されるものではなくて、選択肢の一つになってほしい。