「私、将来はこの家を出る」
高校生の頃、毎日、そう呟いていた気がする。
当時私は、進学するなら家を出たいと思っていた。大した理由はないが、何となく、大学進学=ひとり暮らしというイメージがあった。ここではない、街へ行きたい。その一心で、様々な大学のことを片っ端から調べていた。何校かは、慣れない電車に乗って見学にも行った。
しかし、何を調べても、何を見ても、ピンと来なかった。私には、やりたいことがひとつもわかっていなかったのだ。
「家を出たい」
と言っている割には、家を出てまで何をするのか、想像ができなかった。
◎ ◎
悩んでいたある日、ふと気づいた。
「家を出たら、母に会えない」
それは、私にとって、人生最大の危機だった。
子どもの頃から体が弱かった私は、何をするのも、どこに行くのも、常に母と一緒だった。日々の登下校、部活の大会、修学旅行……。隣にいる時間があまりにも長く、私にとっては、親子というよりも体の一部のようなものだ。
そんな、大きな存在の母がいなかったら、私はどうやって生活していくのだろう。それこそ、想像ができなかった。
そうして考えるうち、
「家を出たい」
という最初の気持ちより、
「母から離れたくない」
という不安のほうが大きくなった。
最終的に、そこそこ興味のあった、家から通える距離の大学に進むことにした。納得して決めたはずだった。
◎ ◎
しかし、大学に入ってすぐに、思いもしないできごとが起きた。周りの友人の姿を見て、自分の選択を後悔したのだ。
「授業が終わったら、買い物して、ご飯を作らなきゃ」
と話す人たちが、羨ましかった。同い年のはずなのだが、自分で考えて生活しているさまが、うんと大人に、自由に見えた。
「こんなことなら、家を出ればよかった」
自分が、いかに狭い世界の中で生きているのか、思い知らされた。
外の世界を知りたくてたまらなくなった私は、インターネットにかじりついた。
たまたま目にしたドラマから、気になる役者さんの情報を調べてみたり、ブログを読み漁ったりした。
その中でも、ある女優さんにドハマリした。最初は、夜な夜な1人でネットサーフィンして、彼女の作品を観ていた。
1年ほど経ったある時、何かのきっかけで母にそのことを話した。すると、
「もっと教えて」
と、母もすぐにハマったらしい。
気づいた時には、2人一緒に劇場に行くようになっていた。
新しい世界を知りたかったはずなのだが、やはりここでも、母から離れられない私。
大学生の頃は、そのことにとても悩んでいた。
◎ ◎
しかし今思えば、家にいたからこそできたことも多い。
生活の心配をしなくてよかったからこそ、勉強や様々な活動に集中できた。観劇は、今も大好きで続けている。家にいながら、確かに、新しい世界を知ることができたのだ。
何よりも、母や祖母と一緒に買い物や食事をしていると、穏やかで、楽しかった。何気ない時間が、貴重なものだったと気づいた。
仕事について考える中でも家を出るかどうかは、最後まで迷った。結局、
「家を出たら、寂しくなるんだろうな」
という思いが募って、地元の職場に就職した。今も親子3人でのんびり暮らしている。
最近は、毎日家に帰る道すがら、
「仕事でこんなことがあった」
とか、
「アイス食べたい」
と、それぞれに愚痴っている時間が好きだ。話しているだけで、元気になれる。やはり、母と2人でいると、安心できる。たくさん話したいことがある。
今の私にとって「ふるさと」は、何よりも大切な家族と暮らす、離れがたい場所になっている。
「出て行きたい」
かと思えば、
「離れたくない」
なんて、何て臆病で、わがままな娘なのだろう。
私は、まだまだ子どもだ。