わたしは、東京生まれ東京育ちのシティガール。
そして、東京が好きではない。
みんなが憧れる東京が。
夜も眠らない、キラキラした東京が。
私は、好きではない。
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都内の高校から都内の大学に進学し、実家を出る理由もなかったから、大学生の頃は実家から大学に通っていたけれど、あの頃は、東京が嫌で、東京から出たくて仕方がなかった。
そんな私が選んだのはヨーロッパへの留学で、大学卒業後、ヨーロッパに移住するつもりでいた。
ヨーロッパ出身の恋人がいて、「この人と添い遂げよう」という覚悟を決めたのが20歳。
何があっても帰国することはないだろうと。たとえ、離婚したとしても、私は異国で生きていこうと。
「結婚して子供を産んだら、実家が近い方が便利でしょ」と、東京にいた方がいいと言ってくる人はたくさんいた。
東京を離れて、しかも誰一人親戚のいない海外にいくなんて、いばらの道でしかないことは分かっていたけれど、それくらい私は東京が嫌だったのだ。
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人は、自分が持っていないものに憧れを抱く。
自分にはなくて、誰かにはあるものを。
例えば、独身なら、既婚者の誰かが羨ましくなる。
子どもがいなければ、子どもと遊ぶ誰かが羨ましくなる。
食費も切り詰めて生活していれば、2,500円のランチを食べる丸の内OLが羨ましくなる。私は何に憧れているのだろう。
東京で青春時代を過ごし、学校帰りにはゲームセンターにも、当時流行っていたパンケーキ屋もタピオカ屋にも行けた。
大学生の頃には、大学の授業終わりにパブで飲んだり、クラブにだって行けた。
東京にいる特権だ。
そんな私は、東京を出ることに憧れている。
車で20分走れば、ユニクロとGUとH&Mに行けて、大きな原っぱで、大好きなコーギーと、パートナーと追いかけっこをして、電柱や高層マンションが夜空を邪魔しない暮らしに。
「今日も星がきれいだね」と言える生活に。
東京なら、スーパーやドラッグストアに行くために車を出す必要もないし、そもそも車が必要ないのだから、駐車場代や車検代に悩む必要もない。
「帰り、車だから…」とお酒を飲めない飲み会を経験する必要もないし、0時を過ぎたって遊べる場所がある。終電を逃しても、どうにか一晩過ごせそうなネットカフェやホテルもある。
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「僕みたいな田舎の人はね、東京に憧れて、上京するんだよ。良い大学に入って、誰もが羨むような会社に入って、六本木や白金台に住んで、出会いを探して、良い人と結婚するんだよ」。
大学生の頃、就職活動をしているときに、どこかの企業ブースで、「出身は東京ですが、いずれは東京を離れるつもりです(なので勤務地はどこでもいいです)」と言った私に、50代後半~60代の男性が言った言葉だ。
正直、少し嫌味のように感じたし、夜までバーがあいている一等地に住めば良い出会いがある、というのは必ずしもそうではない、と否定したい気持ちでいっぱいだった。
ただ、あのおじさんは、きっと優しさからあの言葉を発したと思う。
「あなたは東京生まれで、他人が憧れるようなものをすべて持っているのに、それを捨てる必要はない」と。
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私の「東京生まれ東京育ちのシティガール」という肩書を憧れる人がいることは分かっているけれど、なぜか私はこの肩書を捨てたい気持ちになる。東京生まれ東京育ちでいると、肩身が狭いのだ。
高校までは、首都圏に住んでいる同級生ばかりだったから、「東京出身」であることは当たり前だった。
大学に入ると、全国各地、海外など様々なバックグラウンドを持つ人との交流が始まり、「東京出身」であることがバレると、初対面の人には「良いところに住んでるね~」「あ、お嬢様ってやつ?」「アルバイトしたことあるの?」と、人生イージーモードの東京出身お嬢様扱いされた。
東京に住めることは、私の両親の努力と彼らの人生選択のおかげだ。
アルバイトだって、17歳から始めた。新宿の喫茶店で、その店舗で初めて雇われた高校生だった。大学1年生の頃には、喫茶店と塾講師のアルバイトを掛け持ちして、夏休みにはこれでもかと塾の夏期講習で働き、高校の寮の住み込みバイトさえした。
本当は声高らかにこう叫びたい。
「東京生まれ東京育ちも大変なんだよ!甘えてなんかいないの!」
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職場が東京なのに、わざわざ通勤時間が長くなるような引っ越しをするのは、頭の良い選択ではないことは分かっているけれど、それでも私は、自然に囲まれた、人の少ない場所で、コーギーと大切な人と暮らしたい。
リモートの仕事に転職するか、地方の仕事に転職するか、大絶賛悩み中だ。
「地方に引っ越したら…」と書きかけたけれど、あえて「地方」という言葉は使わないことにする。まるで東京のような都会の方が偉くて、すごいかのように聞こえてしまいそうだから。
本当に引っ越すとなったら、周りに反対されるのかもしれない。
「親戚も知り合いも少ないのに、結婚して、子供が生まれたら、大変でしょ」と。
そんなのどうにかなるって。
私、20歳で海外移住の覚悟を決めた人間なんだよ?実は結構強いんだから、と言い返そう。そう、私はいつか星がきれいに見える街で、大好きな人と過ごそうと思う。