「ハンバーガーテイクアウトOK!」
色とりどりの文字で書かれた看板を見つけ、散歩中だった私はピタリと足を止めた。可愛らしいハンバーガーのイラスト、丸みを帯びた文字。アルファベットも交えて書かれたその看板は、アメリカンな雰囲気漂う店の入り口に置いてあり、私の興味も自然とそこへ注がれた。

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当時19歳。地元福島から栃木へ進学のため引っ越し、近所になにか無いかと、フラフラ散歩をしていた時のことである。小さな佇まい。雑貨屋のような可愛らしいインテリアを、外からでも確認できるほど大きな窓。真っ赤なポストに、ハンバーガーの置き物。

一見オシャレな雑貨屋かと思ったが、看板の内容からしてハンバーガー屋であることに気づいた。食べたい、中に入ってみたい。そう思いながらも、まだ散歩は序盤であり、ここから更に探検をする気満々だった私は、後ろ髪を引かれる思いで一旦その場をあとにした。

一通り歩き終え、先ほどのハンバーガー屋に戻ってきた。家から徒歩5分ほど。中に入ってがっつりハンバーガーを食べたいところだが、もうひとつ問題が立ちはだかった。散歩に出る前、晩ご飯の支度をしてきてしまったのだ。

思いっきりハンバーガーにかぶりつきたい。でも今日はできない。しかしお店には入ってみたい。看板を見た時から、私の中の何かがこの店に反応し、このまま帰るわけにはいかないと、勇気を出してお店の扉を開けた。

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「いらっしゃいませ」
お店の中には、店主らしき人物が厨房の方に立っていた。年齢は30代位だろうか。黒く焼けた肌が似合う男性だった。

「お好きなお席にどうぞ」
そう言われ、外から確認できた大きな窓の側にある席に腰掛けた。見渡す限りオシャレな小物が沢山並んでいる。アメリカから仕入れたものだろうか。独特のヴィンテージ感がお店の雰囲気にとても合っていた。

「ご注文お決まりですか?」
小物に目を奪われ、オーダーすることをすっかり忘れていた私は、咄嗟にメニュー表に視線を落とした。

「あ、えっと、ホットコーヒーください」
かしこまりました、と小さく返事をし、男性は豆をマシンに入れ、お湯を注いでいく。コーヒーのいい匂いが、お店のやわらかい雰囲気を更に温めていくような感じがした。

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「ウチは初めてですか?」
不意に声をかけられたことに少し驚きながらも、話しかけられたことに嬉しくなった。「はい。進学のためにこの辺りに引っ越してきたばかりで。家の周りに何かないかと散歩をしていたところでした」

あぁ、だからか、と男性は少し笑いながら会話を続ける。
「さっき、店の前にある看板をじっと見てませんでしたか?お店の中から姿が見えたので、気になってるのかなと思いまして」
その言葉を聞いて、一気に耳まで赤くなるほど恥ずかしくなってしまった。看板を見ている間、誰かに見られてるいることなど予想外だったからだ。

「ハンバーガー屋さんって知って、とても気になったので…。あ、でも今日は晩ご飯をがっつり作って来ちゃったので、ハンバーガーは今度のお楽しみにします」と、申し訳なさそうに伝えると、優しい声で「全然大丈夫ですよ。お気になさらずに」と返ってきた。

絶対近いうちにまた来ようと決意した瞬間である。そしてもう一つ、今回の散歩の目的であった「あること」について男性に尋ねることにした。
「実は、引っ越して来たばかりでバイト先に悩んでいて…。今日の散歩でお店を探そうと思ったのですが、この辺りはあんまりお店がないんですね…」

そう言うと、すかさず男性が「ウチ、バイト募集してますよ」と切り出したのだ。それを聞いて驚きと嬉しさで、情報を処理するのに脳内大忙し。家から近くてオシャレで美味しそうなハンバーガーが食べられて、え、こんな素敵なお店でバイトできるかもしれないの?と。もちろんまだ合格をもらったわけではいが、気持ちばかりが先走ってしまった。

「そうなんですね…!教えて頂きありがとうございます!」
一旦お店を出ることにして、改めて考えを整理した。新天地でこんな素敵な出会い恵まれている。応募するしかない。

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そう心に決め、後日すぐに応募の連絡をし、ハンバーガーを食べるより先に、面接でまたお店に行くという流れになった。面接の結果、無事バイトをさせてもらえることになり、その店で過ごした専門学生時代はとても楽しく、キラキラと輝いたものとなった。

そこで出会った人たちとの繋がりは今でも続いており、あの日あの扉を開けなければ今は無かったのかもしれない、と考える時がある。看板を見た時のあの直感を信じて本当に良かった。世界で一番大好きなハンバーガーに出会うことができたから。